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格闘技サポーターの皆さん!初めまして、太田章(オオタアキラ)です。今回から栄えある漫サンのコラムに出場することになりました。格闘技一筋に生きてきた私ですが、無制限一本勝負は初めての試み。どうなることか己事(自分のこと)ながら楽しみな闘いとなりそうです。 私が生まれたのは「いい男」?の産地、秋田県。秋田の男は彫りが深く、眉が濃く、きりっとして男ぶりがいいと言われるのが事実に則しているかどうかはさておき、確かに体格のいい男が多いのは事実のようだ。 今でも秋田県は全国で最も体格のいい県という統計が出ているそうで、その中でも一際でかかった私が、最初に選んだスポーツは、恥ずかしながら、実は体操!だった。なんと東京五輪金メダルの小野喬も遠藤幸雄も秋田の人なのです。 あの真っ白な体操着に身を包んだ私の姿を想像して頂くのは、少し酷な話かもしれないが、幼きアキラは一途に華麗なる体操選手に憧れていたのです。 強い意志と努力があれば、必ず夢は叶うはずだが、体の成長だけは自然の出来事で、自然に逆らうことだけは、人間としてしてはいけないことという父母の言いつけを守り、中学の時には、どうやっても体操を続けることが不可能な体型に育ってしまった。 仕方なく、秋田県一になる場所を別の世界に求めた。バク転や大車輪も簡単にこなしてたが、何しろ体がでかくなりすぎて、マットは押しのけるは、跳び箱はぶっこわすは、あげく鉄棒は曲げてしまうわで、青き夢は捨てざるを得ない結末。その頃既に背筋力はメーターを一周、三百キログラムを示す程になってたんです。 同じマットでも思い切り暴れ回れる「レスリングマット」を、そしておなじタイツでも強靱な裸体を強調?する「レスリングタイツ」を選ぶことに相成りました。以来、高校時代に国体で二回優勝(七十五キロ以上)、大学選手権三連覇(八十二キロ級)、モスクワ、ロス、ソウル、バルセロナと五輪代表の座(九十キロ級)を獲得、歳とともに体が大きくなり、より重いカテゴリーへの挑戦だった。そして気がつけば世界一を狙うところまで来ていた。 ある意味で私のネバーギブアップは、体操への諦めを克服する「もうこれ以上は諦めないぞ!」という表現だったのかも知れない。 さすがに齢三十九となりて、アトランタ五輪に挑戦した時には、一部で「まだやるのか?」との囁く声。ジャイアント馬場だって、アントニオ猪木だって、まだリングに上がっているじゃないの。レスリング重量級での五輪銀メダル獲得(しかも二連続)は、ジャンボ鶴田も、長州力も果たせなかったこと。 アマ?柔道からプロ格闘家と変身した小川直也が表現するのが、プロ格闘技の強さならば、私はレスリングの格闘精神「ネバーギブアップ」を生き方自身で示す男であり続けたい。 |
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