長州力の引退に触発されたわけではないが、私もこのこよなく愛したコラムスペースに別れを告げるべき潮時を迎え、無制限一本勝負を締めくくらざるをえず、最後はまさに無制限を決め込んで、この千四百字の時空を一寸の休みもなく、とどめない流れの中に終わろうと決意してはみたが、書き綴りたきことドバドバと脳裏を掠め、重い筆にさらに拍車をかけるところ、ふとみれば私の所沢の住まいから遠くに輝くナイターの明かりは西武球場のもので、まさに熱戦のさなか、と言えば、あのソウル五輪の決勝戦が思い出され、準決勝で肋骨を折りグルグルの包帯巻きで登場し、場内の大声援を受けたものの、相手にゴロゴロころがされ、ころがされながら決して諦めるかと歯を食いしばり、 得意の逆転フォールを狙って四苦八苦している内に終了のホイッスルの無常な響きが、格闘技のあるいは本質的な鳴き声と聞こえ、レスリングが格闘技の基本的体力を総合していることを自負はするものの、私の教え子の石沢常光いや、ケンドー・カシンにしろなぜか覆面をつけなければならず、やはりまるごし刑事にそっくりと学生たちに人気者になりつつある私がここは一発丸腰アキラでデビューしたくもなるのだが、 正義感あふれるところも、格闘技を窮めたところも一緒で、地域の住宅地にラブホテルが建つと聞いて、反対派の先頭にたって記者会見を開いたものの、集まった記者は二人だけで、世の中なかなか甘くはないようで、そう言えば、今宵の食事は久々の私の手料理、得意料理といってもこれしかできないアメリカ仕込みのタコスであり、この香辛料のきつさは特別で、この香りが思い出させるオクラホマでの一年間のレスリング修行も半端なものではなかったが、一緒の家族がもっと大変だったのは、ともかくアジア人がほとんどいない土地柄、いじめに遭うことしばしばだったところ、レスリングを一緒にすることになってから、刃向かうような奴は少なくなり、次第に友だちが増え、これはたかがレスリングされどレスリングと思った瞬間で、 ならばと信条のネバーギブアップを掲げて、格闘技でいじめをなくそうと思いきや、まだまだいやますますこの国ニッポンには、弱い者を徹底的に打ちのめそうとする雰囲気カモカモであり、もっと自分を鍛えろよと吠えたくなるこのごろだが、考えてみれば、格闘技には人間の優しさが漂っていて、敵の命の領域だけには気遣っていることをどこかでサポーターの人々が感じ入っているからこそ、まだまだドームに人がドバドバ集まるのだろうと思い込みたくなり、 猪木さんのようにプロレスで平和を考えてしまうようなダイナミズムを決して忘れてはいけないところで、格闘技がそもそも人を助けるためにあったと言えば、驚くかも知れないが、急所は全てツボであり、ツボを押さえることが病気回復につながることは誰でも承知のはずで、力の限界に挑戦し、強い者を克服しようと懸命努力のあげく、自らの力の限界と相手の凄さへの尊敬が湧き、相互に称え合う状況が生まれ、これを平和と言わず、何を平和というのだろうかと思うこのごろ、どうしても最後にきつい一発を吐かなければ、この勝負に決着はつかず、伝家の宝刀を抜く時がきたようで、そは何かと言えば、男は弱い者のために闘う、格闘技はそのための手段なのだ、あきらめず、あきらめず、闘い抜く、それが男の道、弱い者いじめは許さない。 サヨナラ。また会う日まで。 |
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