オリンピック競技の中で唯一日本生まれは「柔道」。明治時代に嘉納治五郎(講道館創設者)が日本古来の柔術を人間の生きる道を示す体系として位置付けちゃいました。柔道は世界中に普及、オリンピック競技にもなってしまった。柔道の普遍性は、大きくても小さくても同じチャンスがあること。嘉納自身当時の典型的な小柄な日本人。それが欧米の巨体を投げ飛ばし、欧米人の度肝を抜いた。 その柔道からプロ格闘家となった小川直也がプロレスのリングで、「本物」を「見せて」いる。十九歳で柔道世界一、バルセロナ五輪で銀メダル。世界柔道界のトップを歩いてきた。もともと彼はプロレス大好き少年で、彼の柔道の行き着くところがプロレスの舞台だったのは知る人ぞ知る物語。 私にとってプロレス会場に足を運ぶのは、いつも気が重い。プロレスファンには、プロもアマも関係ないらしく、到るところで握手を求められるのが苦手なのだ。とは言え、四月十二日の東京ドーム、新日プロのエース橋本真也と「柔道家」小川直也の対戦を打ち捨てておくわけにもいかず、滅茶苦茶高いリングサイドを大枚はたいて入手、明大柔道部後輩にあたる吉田秀彦も来ていた。美しき女優と一緒。すごく悔しい。某テレビの筋肉番付で、俺は奴に勝ったのだが。 東京ドームの熱気は、プロとアマの差を感じさせる。本当はアマレスが一番強いのになあ。私が見極めたかったのは、小川がプロレスの上に柔道を表現できるかどうかだった。プロレス内柔道を表現するのが、やっとだろうと思っていた私に、小川が柔道技でプロレス王に勝ったのは、確かに驚きではあった。リングサイドを埋めた新日ファンは騒然。小川を鍛えた猪木会長が唖然とした表情を隠さなかったのを私は見逃さなかった。 プロレスが最強の格闘技であることが、新日スタイルの本質。本当に強いことがどういうことか、それを小川は示したような気がする。TKO、テンカウントKO、ギブアップというルールは小川に有利に思われる。が、柔道着を来ていない相手に柔道技をかけるのが、いかに難しいことか、格闘技を少しかじったことがある人ならわかるはずだ。にもかかわらず、小川は柔道の凄みを「見せた」のだ。最初に小川がかけた十字固めは明らかに決められるものだった。身長、リーチがかなり違う上に、小川の背筋力はずば抜けている。小川はあの形で決めにいかなかったばかりか、橋本のキックを受け、終始窮地に自分を追い込み、そして、最後に柔道技の裸締めで勝利を得る。九分二十五秒という異種格闘技戦としては、比較的長い時間がこの闘いにリアリティを与えている。 この原稿がコラムスペースを躍動している今、プロレス的に橋本の挑戦を受けた小川はプロレス流にやられているだろうか?もしそうなら、私が小川に託した夢は諦めざるを得ない。それは小川がアルティメットの世界王者になること。アルティメットの中枢はグレーシー柔術。格闘技の世界では小さな連中が、王者となっているのは、一重に間接技の凄さ。体のでかい連中が簡単にやられるのは、そのテクニックの極み。間接技に優れ、しかもたぐいまれな大きさを持った小川以外にアルティメットで勝てる選手は日本に存在しない。(もちろん私を除いての話しだが)ともかく日本の生んだ格闘技「柔道」の凄みを見せつけることを、「プロ格闘家」小川に望む。 |
![]()