NO 7: 素朴さと雄大さを感じさせる旭鷲山
週刊漫画サンデー6/24号

 大相撲夏場所が終わった。日本の伝統的格闘技「相撲」もレスリングのひとつであることに変わりはない。二人が組み合って、力を競い合う。英語では相撲をスモー・レスリングと言うし、日本語でレスリング系の格闘技をすべて相撲と訳しても外れない。旭鷲山

  そうは言っても大相撲だけは、日本古来の格式と伝統の上に成り立つ特殊な格闘技だと言う人も多い。でも、もともと相撲は創世記の頃から世界中に存在し、そもそも神事と深く結びついていた。あらゆる文化圏で脈々と受け継がれた伝統なのである。(たまには知的に決めてみました。これでも私先生やってるもので・・・)

 モンゴルからの力士、旭鷲山はモンゴル相撲の出身。一年に一度行われるナーダムという伝統的スポーツ大会の中心行事の相撲は、伝統と格式に則って行われる。モンゴルのスポーツのベースはこのナーダムにあるといっても過言ではなく、この相撲でチャンピオンになったものが、オリンピックの柔道やレスリングに登場してくることが多い。

 モンゴルの世界では柔道もアマレスもみんな相撲なんです。その意味で、異種格闘技戦などと声高に叫ぶこともなく、相撲は相撲、レスリングはレスリング、同じ格闘技なんだから強い奴はどこでも強いのさ。なんかこの辺の大陸的なとこが私は好きだ。 旭鷲山も実はアマレスの銀メダリスト(但しモンゴル内の)。五輪にこそ出られなかったが、私のアマレスの仲間なのである。彼の繰り出す技が多彩なのも、レスリングの基礎があることと、モンゴル相撲を背景に様々な格闘技を修練してきた賜物と言える。

  土俵が大地全部のモンゴル相撲では、「寄り切り」がないわけだ。五月場所では二勝十三敗の結果に甘んじたが、初日の曙を破った!!相撲を含め、彼の「レスリング」は格闘技としての相撲を堪能させてくれる。旭鷲山とは春場所巡業中に会ったきりだが、あのときは、彼の背景に壮大なモンゴル草原が浮かび上がり実に愉快だった。

  「わし大相撲なかったら、住所不定無職すよ」

  今でこそウランバートルに家を建てた旭鷲山ではあるが、モンゴル人は元来遊牧民。羊とともに草を求めて移動し、ゲル(テント型の家)で暮らすわけで、大会がある時以外は、どこにいるのか不明。大会が始まる頃どこからともなく現れて、またどこかへ消えていく。一端消えたら次の大会まで行方不明。なんとも素朴かつ雄大な話しで、島国日本でのレスリング選手権がエントリーの締め切りや資格に小うるさいのとは大違い。

 「勇み足とかいやすよ」

  モンゴル相撲の土俵は限界がない。宇宙をリングに闘っているわけで、勇み足などという小さなミスが致命的になる日本の相撲とは大きく違う。モンゴル相撲の方が「大相撲」かも知れない。

 「ガッツポーズだめすか?やっちゃうんす。」

  勝った後にするガッツポーズも大相撲の伝統からずれている。モンゴル相撲では、勝てば鷹の舞を踊り、勝利の喜びを素直に表現しなければならない。

 大相撲のルール?からちょっとはみ出しがちな旭鷲山に宿るモンゴル高原の風。ひょっとしたら大相撲の国際化の原動力になるやもしれず。でも土俵割ってからも相手を投げるのは止めて欲しい。他の力士に嫌われるのが私は心配だ。(次週は引き続きモンゴルレスラーの思い出を語ります。お願いだから期待して。)

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