
現役時代にプロ格闘技の世界への誘いを受けたことがあった。総合格闘技が盛んになり、冗談半分だろうが未だに「総合格闘家との闘いが見たい」という声もあったりする。もちろん私の答は「
NO」である。レスリングの核を知れば知るほど、「NO」である。9
月7日に行われたHERO’Sミドル級世界最強王者決定トーナメントに出場した8名の内、なんと4名がレスリングを基礎とした選手だった。私は有明コロシアムに足を運んだ。 総合格闘技の源流としてのレスリングを見極め、私の「NO」の根拠を確かめるために。レスラーの長所は、基礎体力である。単に力が強いというだけでなく、持久力と柔軟性に秀でている。レスリングの技術を極めれば、相手をコントロールし、抑え込むことは容易である。しかし、これだけでは総合格闘技は勝てない。引き分け以上はあり得ないということだ。このトーナメントを闘うレスラーたちがいかなるプラスアルファを習得してきたのかをしかと確かめたかった。
レスラーというのは十人十色。基礎技術と基礎体力は同じでも、一人一人が全く違うタイプのファイターである。須藤元気がグレコローマンのジュニアチャンプになったのと、山本“
KID”徳郁がフリースタイルのインカレチャンプになったのは、全く違う要素で成り立っている。HERO’Sのリングのファイトにも彼らのレスラーとしての個性がはっきりと浮かび出ていた。☆
2004
年の春、私はロサンゼルスの「ビバリーヒルズ柔術クラブ」にいた。世界格闘技研究旅行の一環として、柔術のスパーリングを実践していた。そこにぶらりと須藤はやってきた。米国留学時代からこのクラブで柔術を修練しているとのことだ。礼儀正しい好青年だった。黒帯柔術家とのスパーリングは関節技を学ばないレスラーにとって、それはきついものだ。レスリングでは、相手をフォールするために関節を押さえるのであって、柔術のように逆関節を決めることはしない。私は柔術家の繰り出す技をなんとかレスリング流に凌いでいた。「太田さん、本気ですね」須藤の言葉が優しく?!響いた。☆
グレコローマンに必要な上半身の引力と柔らかさ。それが須藤の個性だ。その持ち味に精密な柔術が備わっている。組めば強烈な投げ、寝れば柔術で極めた締め技と関節技が、相手の反撃に合わせて流れるように繰り出される。この日、シドニー五輪日本代表だった宮田和幸を準々決勝で破ったのは、腕ひしぎ十字固めだった。それも終盤。レスリングを知っている汗だくの宮田にこの技を決めるのは達人といえる。
強烈な個性ということであれば、山本の闘いは違った意味で、レスラーの強さを表現していた。準々決勝でホイラー・グレーシーを一発で仕留めた。山本のパンチには全体重が込められている。関節技の大会「アブダビコンバット」のチャンプとの寝技を避けて、パンチ一発の勝負を挑んでいた。準決勝で対戦した宇野薫もレスリング経験者だが、山本はここでもパンチ一発の勝負に徹した。レスリング経験者とのレスリングを「逃げた」とも言える。同じ基礎を持つ人間には、自分の持ち味を生かして勝たざるを得ない。そのことを熟知している山本の闘い方に、私は逆に「レスラー」を感じるのだった。
フリースタイルには足腰の強靭さが重要な要素だ。山本がパンチに表現しているのはこの強さである。
須藤元気と山本
”KID”徳郁が決勝に勝ち残った。それぞれのレスラーの個性が築き上げたプラスアルファ。それがあるから彼らは勝ち抜くことができたのである。レスリングを源流に持つとはいえ、全く異なる個性の闘い。今から大晦日が楽しみである。私の「NO」に決定的な夜となりそうである。