
龍武道(ヨンムドウ)という格闘技をご存知だろうか?世界各地に独自の格闘技が存在することは承知していたが、この武道?!に出会った時の衝撃は尋常ではなかった。
2004
年の暮れ、私は恒例の韓国旅行の途上にあった。ゼミの一環として数年前から学生を引き連れて12月の冬休みに韓国を旅する。人口では日本の三分の一という韓国が五輪では日本より多くのメダルを取る。その強さの秘密を探りたいというのがこの研修旅行の発端だった。初回はソウル五輪強化選手育成のために設立されたテヌンの国立トレーニングセンターを訪問したが、次第に韓国の学生たちとの交流のため、当地の大学スポーツ事情を調べることが多くなった。延世大、高麗大、明知大との交流を深める中、世界格闘技比較論の研究を始めた私は、2004年の訪問地に韓国で唯一の武道大学である龍仁(ヨギン)大を選んだ。龍仁大学はソウルから車を飛ばして
1時間半の距離にある。龍仁大の広さには圧倒された。サッカー場、野球場にゴルフ場までも設置されている。もともと大韓柔道大学として設立されたこの大学は、後にスポーツ科学大学に名称変更し、現在に至っている。柔道やレスリングなど多くの五輪代表選手を輩出している。日本の武道「柔道」を敬愛した創設者たちの熱意が伝わる最初の命名。日本には国際武道大学はあっても、柔道大学は存在しない。巨大な体育館に多くの格闘部が存在していた。案内役の林教授が、ある道場の前で胸を張った。
「先生に新しい武道をご紹介します。柔道を愛する私たちが四年の歳月をかけて創作したものです」
扉の向こう側に広がる光景に私は一瞬目を疑った。黙々と練習を続ける学生たちが身に纏う胴着は、白でも青でもない。「緑」の柔道着であった。一体この競技は何なのだろう?唖然とする私に、林教授は「これがヨンムドウ。龍の武道と書きます」
見れば、練習は二手に分かれ、ひとつは突き、蹴りなどまさに空手の猛烈な訓練。そしてもう一方は、投げ、寝技など柔道そっくりの練習風景。なるほど、空手家と柔道家をひとつの部で育成しているのだな。と一人、合点している私に、「龍武道は総合格闘技なのです」林教授の太く誇りに満ちた声が響いた。
日本で生まれた柔道への一意専心が、韓国に柔道大学を創出させ、その柔道大学で柔道に空手や?拳道などの武術を統合した新しい格闘技が誕生している。そのダイナミズムが鮮烈な緑の道衣とともに深く胃の腑に染み込んだ。
昨年の
12月も私は韓国にいた。異常な寒波で例年以上の酷寒の旅となったが、私の内には燃えるものがあった。上述の龍武道を体で会得する思いを秘めていたからだ。龍仁大学への訪問を予定していた日の前夜から韓国は大雪に見舞われ、龍武道体験の道が閉ざされた。消沈する私に、韓国の友人が総合格闘
MMAチームのオーナー李氏を紹介してくれた。「最近、韓国では総合格闘技の人気が高まっている。龍武道もその世相を見据えたものだろう」という友の言に従い、李氏の運営する市内のジムに赴いた。高級店の立ち並ぶモダンな市街地の一角に聳えるジムは、俳優やタレントなどを主な顧客としているが、プロの総合格闘家も養成しているという。確かにリングでは二人の選手が練習していた。勧められるままに彼らとのスパーリングに応じることとなった。現役選手との突然の格闘は冷や汗ものだ。一人目にはマウントを取ったが二人目は手強かった。
「キム・インソクです。既にプライドにデビューしました。龍武道
3段です」と李氏が言った。期せずして私は龍武道を源流とする総合格闘家と一戦を交えたのである。柔術を統合し嘉納治五郎が新たな武道として柔道を創設したのは明治15年。その柔道が礎となって、韓国に新たに生まれた新武道。その流れがプロの総合格闘家を日本の地に淀みなく送り込でいる。古きものと新しきものの融合を金選手との死闘?!の中に感じていた。