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March 22, 2006
Graduation
我が家の三女が卒園した。
それは、私たち家族にとっての卒園となった。
長女の頃から数えて丸10年。同じ保育園へ通った。毎日毎日、雨の日も雪の日も、そして暑い暑い夏の日も、朝夕の送り迎えが日課だった。それがなくなる。10年続けてきたことが、プツリと切れる。その瞬間を現実のものとして感じ始めたのは3月も2週目に入った頃だった。そこから泣き虫宏子の涙腺は緩み出した。
卒園は喜びの場…なぜそんなにも泣くのか。そう夫に問われた。確かに私の涙は喜びの涙だけではなかった。大変だった日々のことを思い出したり、娘たちの成長とともににじみ出てくる寂しさの表現だったり。本当によく泣いた。わんわん泣いた。
今日、三女を保育園へ迎えに行くと、卒園式のときにプロのカメラマンが撮った写真が販売用に展示されていた。「ママの泣き顔がいっぱい!」と三女。確かに他のママたちは目を真っ赤にしていたり、うっすらと涙を浮かべていたりと美しい。私は…わんわん泣いていた。あまりにも泣いている私の顔がこっけいだったのか、随分とたくさんのショットを撮ってくれていたようだ。
義理の母が手紙をくれた。
「まもなく三人娘が皆小学生!今までの苦労が少しずつ実ってきた感じですね。入学、おめでとうございます。そして、大変ご苦労様でした。」
「大変だ!」と口に出したことはなかったつもり。でも、私を見ていて、さぞかし大変そうに見えたのだろう。
実家の母が電話口で言った。
「これまでよくがんばったね。」
極々自然体で娘たちの成長過程を見守っていたつもり。でも、必死でがんばっているように見えたのだろう。
思えば娘たちを保育園へ通わせることに対して、決して積極的ではなかった私たち夫婦。共働き、忙しい…でも何とか協力して、3歳までは手元において育てたい…そう思っていたのは確かだ。
しかし、今は娘たちを保育園へ通わせたことに微塵の後悔もない。
彼女たちは、親以外の大人に愛されることを知った。家族よりも多くの時間を過ごす友との交わりの中で、自分を好きになり、そして友を好きになることを知った。忙しい母が我が子との時間を漠然と過ごす中で、果たしてそれだけの体験を子どもたちにさせてあげることができたかと問えば…後悔はない。
わんわん泣いた。二度と戻らない時間に。
ベビーアクアママの中には、これから保育園通いを始めることに不安を抱いていた方もいらっしゃった。
私はあえて言う。大丈夫!
卒園式の夜、お祝いでお寿司の出前をとった。ダイニングテーブルにセッティングをしているときに、三女が部屋の隅でなにやら手紙を書いている。そして、「いただきます!」のあいさつとともに、三女が私に手渡してくれた。
「まま、パパ、まれちゃん(長女)、あーちゃん(次女)、そつえんのおすしたのんでくれてありがとう。パパ、まま、まれちゃん、あーちゃんがいて、しあわせです。あたしも もうすぐ いちねんせいになるから いっぱいべんきょうするからね だからしんぱいしないでください またよろしく かぞくみんなでがんばろう!よもきより」
わんわん、わんわん、わんわん泣いた。涙が止まらなかった。5歳(3月31日生まれなのでまだ5歳)の子がこんな手紙書いちゃっていいのだろうか?!なんてちょっと親ばかだが、素直に感動した。
あれ以来、涙腺が緩みっぱなしだ。
ベビーアクアの修了証と記念写真の発送作業をしているときも、ベビーちゃんたち一人一人のプールでの様子を思い出しながらときにじ~んときてしまい、なかなか作業が進まなかった。(が、まもなく発送しますので、今しばらくのお待ちを!)
さて、この場をお借りして、私がわんわん泣いた卒園式での卒園児の歌をここに紹介させていただこう。そこで過ごした一日、一日が、確実に子どもたちの血となり骨となり、心を育み、瞳を輝かせた。心から感謝したい。
*さよなら僕たちの保育園*
たくさんの毎日を ここで過ごしてきたね
何度笑って 何度泣いて 何度かぜをひいて
たくさんの友だちと ここで遊んできたね
どこで走って どこで転んで どこでケンカをして
さよなら僕たちの保育園 僕たちの遊んだ庭
桜の花びら降る頃は ランドセルの一年生
たくさんの毎日を ここで過ごしてきたね
うれいいことも かなしいことも きっと忘れない
たくさんの友だちと ここで過ごしてきたね
水遊びも 雪だるまも ずっと忘れない
さよなら僕たちの保育園 僕たちの遊んだ庭
このつぎ遊びにくる時は ランドセルの 一年生
さよなら僕たちの保育園 僕たちの遊んだ庭
桜の花びら降る頃は ランドセルの一年生
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投稿者 Hiroko : 10:19 PM | コメント (0)
March 09, 2006
初心忘れべからず
今日はベビーアクアティクスのワンデイレッスンがありました。たくさんのプールデビュー親子の姿。とても新鮮でした。
その中で数名参加してくださった定期レッスン経験者の方々に大きな違いを垣間見ることができました。
いつもは大勢のベテランベビースイマーの中にいるので、どうしても他のお子さんと比較をしてしまいがちになります。ところが、今日は、いつもママに密着した抱っこを好み、あまり自発的な行動がないように見えてしまうベビーちゃんたちが、プールが始めてのベビーちゃんの中に入ると、はっきりと『経験者』であることが見えました。
どこが違うか…。
ママの存在への信頼に満ち溢れています。水中である、ないにかかわらず。
水の流れを心地よく身体で感じることができます。違和感を感じずに。
視線が落ち着いています。あまりキョロキョロしません。
そしてママたちも同様で、肩の力の入り方にはっきりと『経験者』であることが見えます。
子どもがご機嫌斜めになったときの穏やかなお声のかけ方に、長い目で子どもの成長を見ようとする余裕が見られます。
他のお子さんたちの姿に、知らず知らずのうちに目を細めています。
大勢の中でも我が子としっかり向き合い、会話を楽しんでいる様子が伺えます。
人間、時には新しい環境を経験することが大切であり、そこで改めて知ることのできることがたくさんあるということを、今日もまた勉強させられました。
ワンデイレッスンを次につながる『体験レッスン』というよりも、『一日限定のイベント』と『一期一会』の水中空間ととらえながら、一人一人のベビーちゃんを眺め、できる限りのメッセージを発信させていただきました。
もう二度とプールでご一緒することがない親子さんもいらっしゃるでしょう。
だからこそ、これから『あの』ベビーちゃんたちが、成長の中で知る『水』が、心地よいものであるように、そのために親御さんには何ができるのかを精一杯伝えさせていただいたつもりです。
ワンデイレッスンはいつもより声をたくさん発するので、声帯がちょっと疲れ気味。
動きもいつもの倍はあったでしょうか…ぐったりきています。
が、気持ちは晴れ晴れ。泣いてしまった子も、眠ってくれた子も、そして大いに笑ってくれた子も、どの子もとってもかわいらしく、私・長崎に『初心忘れべからず』を教えてくれました。
ほぼ100%のベビーちゃんが初プールとともに『初もぐり』も経験しました。定期レッスンでは、『次』のことを考えるので、初回からいきなり『もぐり』をさせることはあまりありません。ベビーちゃんの様子(ご機嫌)をみながら、じっくりゆっくり『もぐりモード』を探ります。
が、今日は違います。もちろん呼吸のタイミングをみて「水を飲まないように」「鼻から水を吸い込まないように」というのは、こちらベビーアクアプロとして最低限の技(?)です。
初心忘れべからず…初めて我が子をもぐらせたときのこと、初めてインストラクターとしてベビーちゃんをもぐらせたときのこと、身体の奥底にしまいこまれて記憶がじわりじわりとよみがえり、その感覚が懐かしく、そして記憶と共に幸せな気持ちもにじみ出てきました。
あのときの気持ちをいつも胸に、これからも多くのベビーちゃんと、親御さんを、私が育ったプールという時空で幸せにしたい…改めて心に誓った私です。
レッスン中、数名のベビーちゃんを抱っこさせていただきました。(普段は人様のお子さんを抱っこするなどめったにない私です。それにはそれなりの理由があるのですが。)その感触が、今もこの腕に、胸にほんわかと残っています。やわらかくて、あたたかくて、そして…みんなお水の中で人間の形になってこの世に生まれてきたんだなぁって。
お水の恩恵をたくさん受けて、大きく大きくな~れ!ワンデイへのご参加、ありがとうございました!
投稿者 Hiroko : 04:06 PM | コメント (0)
March 02, 2006
お別れの季節
仕事へはほとんど車ででかける。車内ではいつもFMラジオを聞き流している。
2月の下旬頃からは、どの局もそろって『心に残る別れの曲』と題してリクエストを募集していた。
そう、今年もまた別れの季節がやってきた。
三女は卒園。長女は5年生になると新たにクラス編成がある。1年生の次女も昨日、「○○くんが転校しちゃうんだって…」と寂しそうにつぶやきながら下校してきた。
ベビーアクアも同様。別れがたくさんある。
水曜日クラスを除いて、火曜日、そして今日・木曜日と、1月スタートコースは無事に最終レッスン日を終えた。
多くの方が、「また5月からお願いします!」と、時期のレッスンへの参加を約束してくれ、笑顔満開でプールを後にした。しかし、このクールを最後に4月からお仕事に復帰されるというママも多数いる。3歳になり、4月からは待ちに待った幼稚園というベビーちゃんも。
皆、様々な思いを私に語ってくれた。
「育児休暇のよい思い出になりました。ここで教えていただいたこと、これからの育児に役立てていきたいと思います。」
「本当に楽しい経験でした。」
「子ども(0才9ヶ月)はあまり笑ってくれなかったけど、母親の私は楽しくて仕方がありませんでした。もっともっと通いたいと思いました。継続できないのが残念です。」
「あっという間でした。」
そんな中で今日、シェラトンからの帰り際にこれから会社へ行くというママがいた。「あらまあこれからお仕事なのね、大変!」と思っていたらそうではなかった。退職願いを提出しにいくのだという。ベビーちゃんはあと数日で1才のお誕生日を迎える。
「迷ったんですが、どうしてもこの子を預ける決心がつかなくて。一緒にいたくて。」とおっしゃっていた。
わかる、わかる、その気持ち。私もまだ1才にならない長女を保育園へ預けることに、ものすごく抵抗があった。その理由はとってもシンプル、そして前出のママと全く同じ。「どうしてもこの子を預ける決心がつかない。」「一緒にいたい。」そしてもう一つ付け加えるとすれば、「この時期の娘の成長を見逃してしまっては、もったいない!」
しかし、私の仕事を取り巻く環境は、私の意志ではなんともならず、辞められない。娘の保育園通いは必須となった。通い始めても私の気持ちはグラグラ。そんな私を楽にしてくれたのは誰でもない、長女自身だった。毎朝涙で別れても、多くのことをお友達や先生から学び、迎えに行くととびっきりの笑顔で私に飛びついてくれた。たくさんの童謡も、箸の使い方も、ご挨拶も、トイレトレーニングも、喧嘩の仕方も仲直りの仕方も、すべて保育園で学んだ。そして私の心も、もちろん身体も徐々に軽くなり、ストレスフリーのママになることができた。
私にとって保育園はなくてはならない存在であったが、もしもう一人子どもを授かったなら(それはもうないかな?!)、今度は「見逃したくない」という気持ちがほんの少しある。
ベビーアクア卒業を涙で迎えるママも少なくない。
始めのうち、ベビーちゃんがなかなかプールになじんでくれなくて苦労されたママほど、大きく変化する我が子を垣間見ることのできるプールでの生活が終わってしまうことが寂しくなる。
「先生ともっと早くに知り合えていたら…」そう言って瞳にいっぱいの涙をためたのはY.Mくんのママだった。
Y.Mくんとの出会いは彼が2才になってからだった。水の感触に興奮したのもつかの間、自我の芽生えが著しい時期、自己確立に様々な葛藤がある時期、そして世間一般でいう「魔の2才台」「イヤイヤ期」。ママの思うとおりに行動してくれることの方が少なく、お顔つけなどもってのほかだった。生まれてから身体も弱く、すぐに風邪を引いてしまうベビーちゃんだったというお話はよく聞かされた。
そんな彼が時々私にプレゼントを持ってきてくれた。
道端で拾ったどんぐりや折り紙で作ったラブレター(笑)。のりでしっかり封が閉じられていたそのレターには、何も書かれてはいなかったが、それを私に手渡すときの照れた微笑がとってもキュートで思わず抱きしめてしまった。
レッスン最終日が近づくにつれ、ママは「寂しい」を連発し始めた。
私は「Y.Mくんのお水とのお付き合いはまだまだこれからですよ!」とできる限りの前向き発言をする。しかし、ママのお気持ちもとってもよくわかる。毎日一緒に生活していても子どもとの密着度は減少の一途。プールの中で抱きしめた子どものぬくもりは、もう二度と帰ってこない。
拒み続けていた『もぐり』、急に自分から「やる」と言い出したときにはびっくりした。そして、しっかりとお口を閉じ、ママまでの2メートルほどを泳いだ。水面に顔があがり、しばし両目をぎゅーっと閉じていたがゆっくりとまぶたを開き、そしてにっこり!きれいに並ぶ小さな白い歯が印象的なスマイルだった。
私はこの仕事をしていて、この瞬間に出会えるのが何よりの楽しみなのだ。子ども自身が自分の意志で『もぐる』『泳ぐ』そして『笑う』その瞬間。「もぐらされている」「およがされている」「笑わされている」のではベビーアクアの本来の目的は達成されない。
さて、Y.Mくんのベビーアクア最終日、ママはプールサイドでカメラマンとなった。パパが一緒に入水してくれた。二度と帰ってこないこの時を、映像におさめておきたいとママ。しかし、Y.Mくんはその日はもぐらない、泳がないの一点張り。パパのおだてにもママのお願いも耳には届かない。無理強いは逆効果であることは重々承知のパパとママ。「仕方がないわね」とあきらめ表情。
それを見ていた長崎はどうしたか。私だってママの気持ちはよくわかる。なんとかY.Mくんをパパまでスイムさせてあげたい。しかしこればかりは本人の気持ち次第。一か八か…「先生とおよご!」と手を差し伸べた。すると…(えっ、うっそ!)来てくれた。25Mを補助つきで往復した。お顔が向かいあっているので、いろんな話をした。
「きょうはもぐらないの?」
「うん、もぐらないの!」
「どうして?Y.Mくんとっても上手なのに。」
「だって、したくないんだもん。」
「そっかぁー、ママもパパも見たいんじゃないかなぁ?」
「知ってるよ」
長崎びっくり!(知ってるんだぁ、やっぱり)
50Mをお顔つけなして泳ぎ、プールの中ではパパ、近くのプールサイドではママが待つ場所まで戻ってきた。ご両親は「すごい、すごい!先生と泳げてすごいね!」と手をたたき続けていた。スマイルいっぱいで。ひとときもY.Mくんから目を離すことなく…。そんなご両親の様子をY.Mくんはちらりちらりと横目で確認していた。
すると、パパまであと3Mほど残したところで突然、「ぼく、もぐってパパまで行く!」との発言。
「えっ?」「先生、ぼくのことスーッてやって!」
あまりにも突然だったので、少し動揺してしまったが、気が変わらないうちに(?)と、ママにビデオスタンバイの合図。
ばっちり映像に収めることができた(と思う。確認していないので確かではありませんが。)!
小さなベビーちゃんには、小さなベビーちゃんの、
1才のベビーちゃんには、1才のベビーちゃんの、
そして卒業していく子どもたちには、その子たちならではの、動きと表情がある。
一瞬たりとも見逃したくない動きと表情。
「またいつか!お元気で…!」と口では言いつつも、もう二度と会うことはないかもしれないという胸がつまる思いと寂しさが私の中にある。
そう、もう二度と会うことはないかもしれない。
かわいらしいベビーちゃんという時期を共に過ごさせていただき、0.000001%でもそれぞれのベビースイマーファミリーの育児の仲間入りをさせていただけたこと、心から幸せに思う。
だからもう二度と会えなくてもいい。私の中に生き続けるベビーちゃんたちは、ずーっとずーっとママに抱かれた小さなベビーちゃん。
大きく、健やかに。そしてベビーアクアママたちの優しさと笑顔も永遠でありますように!
あなたたちと出会えて私は本当に、ほんとうに、ホントウニ、幸せでした。
「またいつか…!お元気で…!」