今日が本当の「体育の日」です ~日本のスポーツ界の迷走を憂う~

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今日が本当の「体育の日」です
~日本のスポーツ界の迷走を憂う~

1964年の10月10日、晴天の国立競技場に世界中から集まったトップア
スリートが堂々の行進を繰り広げていた。日本選手団団長の大島鎌吉
率いる日本代表選手団も赤のブレザーと白のスラックスに身を包んで、
選手団入場行進の最後を飾っていた。大島は選手強化の実質的責任
者として、「金メダル15」を公約し、そして、結果、16個の金メダルを日本
代表選手団はもたらした。

大島鎌吉

熱戦が繰り広げらた東京五輪は10月24日の夜の閉会式で幕を閉じたが、
その間、日本列島は熱狂に包まれた。しかし、何が最も日本人にとって
重要であったかは、世界に誇れる日本を自己認識したことであり、その日
本が世界の若人を一つに結びつける役割を果たした!という達成感であ
る。

閉会式の入場行進は、各国選手団が入り乱れ、手をつなぎ、肩を抱き合
い、人種も国境も超えて行われた。そのことが日本に残したもの、それは
スポーツが善いものであり、かつそれが世界の平和に結びつくのだとい
う信条であった。

故に、10月10日を体育の日として記念し、ここに日本はスポーツ王国の
仲間入りをしたのであった。

10月10日に想起すべきはスポーツの価値であり、実践である。それは、
日々の平安や健康よりもさらに先にある永遠の平和への一歩を想起する
こと以外に他ならない。

しかし、知らぬうちに「体育の日」は、変動相場制?!になっていた。今
年は10月8日だが、来年は10月14日である。10月8日にも10月14日にも
全く意味がない。例えば天皇誕生日を年によってずらすようなことは誰も
考えないだろう。

体育の日の意味は、スポーツをやる日ではなく、スポーツの価値が日本
に根付いたスタートの日を記憶にとどめることに他ならないのだ。

かくして、スポーツの価値を忘れた日本は暴走を始めた。

今年の4月から日本体育協会が日本スポーツ協会に変わった。体育をス
ポーツに変えるべし!という知識人は多く、今の日本のスポーツ界に起
こっている問題が、体育という概念そのものが齎したことのように批判してい
る。しかし、実はそれは日本のスポーツ行政の「現場」を知らない過ちから
起こっている。そのことに誰も気が付いていないし、気付こうともしていない。

スポーツのまさに真髄である「言うは易し、行いは難し」で、スポーツはやら
なければ分からない。スポーツのアドミニストレーションはそこに汗と血を
流さなければ分からない。

ピエール・ド・クーベルタンのオリンピック理念を今のご時世から時代遅れ
のように批判する評論家の知はまさに衆知と同等で、彼のもっとも大事な
理念の部分を捻じ曲げている。スポーツの理念は実践が伴わなければ、
理念にならないので、常に時代との対話と修正が必要なだけだ。

だから五輪黎明期には女性のスポーツ参加など考えられなかった!とか、
アマチュア主義は間違っていた!とかは「現場」を知らない人間が簡単に
吐ける無責任な愚言でしかないだろう。

余りにもふざけた論理が罷り通り、日本体育協会は日本スポーツ協会に
変わった。体育からスポーツという革命は、その実態が伴わなければ意味
がない。評論家の遊びに実務に命を変える事務局が翻弄されている
現実。それが今の体育の世界と言えるだろう。

スポーツ、スポーツと言えば、Sportだと思っている知識の浅はかさを誰も
咎めなかったのだろうか?日本の体育世界、スポーツ世界の知が集結し
て議論を重ねた結果だったのだろうか?私は本当にびっくりする。sport
とスポーツは似て非なる者である。

これは1983年に日本でAPOSAセミナーを開催する実務にすべてのエネ
ルギーを注いだ私が得た知である。世界からこのスポートフォアオールの
会議に参集した知識は、SportとSportsの違いをハッキリと宣言した。

Sportは理念であり、Sportsは実践である。日本語になっているスポーツに
はこの二つの意味を包含する概念が根付かなければならない。そのため
の努力をしないまま、体育をスポーツに変えるというのは全くのナンセンス
ではいないか?

大島鎌吉

理念としてのSportを明確に表現したのがオリンピズムであり、クーベルタン
であり、体育としてそのSportを現実化したのが嘉納治五郎である。その重
要な歴史を捨象して日本スポーツ協会に改名した愚行を誰も批判しないと
いうこの日本の現実こそ、2020年東京五輪が背負わなければならぬ重荷
となるだろう。

10月10日を体育の日にすること。日本体育協会を取り戻すこと。それが、
日本スポーツ界のTO DOである。世界平和のために。

(敬称略)

2018年10月10日

明日香 羊
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編集好奇
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日刊ゲンダイは痛烈に体制批判をする数少ないメディアである。やりすぎて
笑止千万にされることもあるが、しかしジャーナリズムの本来の役目は現状
への警告なのだから、その意味で日本が誇るべきメディアかもしれない。
私も時々コメント求められるがその担当の若い(多分、会ったことがないので
確証はない)女性記者はすこぶる優秀である。私の難解な解説を電話だけ
で見事に解釈している。かような記者が大手新聞にはめっきり少なくなって
いる。ありきたりの解説を好むメディアこそ自分のために評論する知識人と
同様に滅びるべき存在と言えないだろうか?

春日良一

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考?ご期待
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次号はvol.390です。
(1998年からの400号にあと10思考?!)その先には?

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