ロサンロサンゼルス五輪の心配事その2 〜トランスジェンダーの選手の女子競技参加〜

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ロサンゼルス五輪の心配事その2
〜トランスジェンダーの選手の女子競技参加〜

国際オリンピック委員会(IOC)新会長となったコベントリーの動向に注目してきたが、就任以来バッハ前会長とのツーショットが目立っていて、彼女からのユニークな発信はほとんどなりを潜めていた。バッハ会長の傀儡政権などという日本の遅れたメディアの見方は当たらないが、寂しい思いだった。しかし、この9月に入って地道な取り組みの一端を感じさせるニュースが入ってきた。

9月5日、IOCは女子種目の保護、五輪の競技種目、スポンサー契約・マーケティング、ユース五輪の四つの作業部会を設置したと発表したのだ。コベントリーが会長マニフェストでも仄めかしていた五輪開催地選考の見直しは従来の将来開催地委員会が議論していくらしい。

女子種目の保護というのは、男性として生まれて女性を自認するトランスジェンダー選手の参加資格についてが焦点となる。これについては第10代IOC会長選挙の公約で大注目点となったところだ。六人の候補ではっきりとトランスジェンダーの参加にNOと行ったのはエリアシュだけで、ほとんどが人権と競技の公平性のバランスを仄めかしただけだったと言ってもいい。

しかし、会長選が終わるとコー(世界陸連会長)などは女子種目の保全を強調し、その方向で陸上競技の方針を決めている。女子競技者であったコベントリーがどう出るか。彼女は「女子選手を守る」ことの大切さを強調しつつ、「女子カテゴリー保護」作業部会を打ち出した。構成は専門家と国際競技連盟(IF)からの人材で氏名は公表しなかったのは、高潔性を守るためとしている。

コベントリー会長選挙 2025-09-09 13

スポーツ思考では「IOCの『遁走の術』について 〜トランスジェンダー選手の女子種目参加問題〜」として、527号で取り上げたが、ロサンゼルス五輪が3年後に迫る中、逃げることはできない状況になった。https://genkina-atelier.com/sp/index.php?QBlog-20250424-1

コベントリーは6月26日の記者会見で「IOCが主導的な役割を果たし、専門家や国際競技団体を結集させて合意形成を図る。女子選手のカテゴリーを保護しなければならない」と述べた流れからすると、トランス女性選手の女子競技への参加を規制する方向も見え、先読みしたLGBTQ+の人権団体から強い反発の声が上がっている現実がある。

一方で驚くべきは米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)で、7月に連邦政府の公認団体として、連邦政府の期待に従う義務があるとして、今年2月にトランプ大統領が署名した「トランスジェンダー女性の女子種目参加禁止」令に同意することを示した。

IOCが結論を出す前に国内オリンピック委員会(NOC)が態度表明したこと、しかもこのNOCは2026年ロサンゼルス五輪を招くべきホストNOCであることは重大だと見なければならない。

米国の状況を調べてみると実は2024年5月の時点で、25の州でトランスジェンダー女子選手の女子種目出場に対する制限を設けていたことが分かった。トランプ大統領令発令以前の状況である。

以前からトランスジェンダー女性の女子スポーツからの締め出しに反発の声をあげているLGBTQ+の人権団体は「生物学的優位性をめぐる科学的議論はいまだ決着しておらず、このような方針は、トランスジェンダーやノンバイナリーなど、ジェンダーの枠を超えたアスリートたちの権利と尊厳を脅かすものだ。こうした措置によって、シスジェンダー女性であっても、見た目や体質が女性的ではないという理由で女子競技から排除されるおそれがある。実際、南アフリカ出身の女子中距離走選手キャスター・セメンヤは、男性ホルモンの値が体質的に高いことや外見的特徴を理由に、心身ともに過酷で不公平な検査を長年にわたり強いられてきた」と批判している。

2024年に発表された研究結果は示唆的だ。IOCが資金提供して英国ブライトン大学で行われた研究では19人のシスジェンダー(出生時の性別と性自認が一致する人)男性とトランスジェンダー男性12人、トランスジェンダー女性23人、シスジェンダー女性21人が対象だったが、その結果は一般の予想を逆転するものだった。

トランスジェンダーの女性対象者はシスジェンダーの女性対象者より握力が強かったが、肺機能と相対的なVO2max(運動時に使われる酸素の最大量)は低かった。トランスジェンダーの女性対象者は、下半身の強さを測る跳躍テストでもシスジェンダーの女性や男性よりも低い数値を示した。

この研究はサンプルサイズが小さくアスリートの性の移行期を長期にわたって追跡調査していないなどの限界があるが、少なくともトランスジェンダー女性がシスジェンダー女性よりも常に有利な運動能力を有しているとは言えないことを主張できる材料ではある。

しかしこの問題は「政治的な問題」となりうる可能性を多分に秘めている。科学的アプローチが絶対的真理を見出すことが難しい問題である。

この研究発表の後、議論が白熱しすぎて、研究を主導したピツィラディス教授(IOC健康医療科学委員会委員)は自身や研究チームが脅迫を受けた。「徹底的にたたかれ、人格攻撃されると分かっていながら、こうした研究をする科学者がいるだろうか?」と発言している。

コベントリーが設置した作業部会委員の氏名を公表しない道を選んだのは正しいだろう。この問題を解くには加減乗除の算数だけでは困難なのである。絶対値に可能な限り迫る微分積分学などを駆使した高度な数学が必要だ。

足し算引き算、それに掛け算しかできないトランプにはとても出来ない相談である。作業部会の検討の結果、IOCの結論がトランスジェンダー女子の女子種目への出場を何らかの条件で容認する方針となった時、トランプが国土安全保障省に命じている査証と入国の拒否が実行されたとすれば、それはオリンピック憲章違反となり、ロサンゼルス五輪は開催できないことになる。

IOCはトランプ大統領令に対してもオリンピズムを貫かねばならぬ。コベントリー新会長の威厳が試される時はもうすぐそこに来ている。

(敬称略)

2025年9月9日

明日香 羊
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編集好奇
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トランプ大統領は加減乗除しかできない?だから彼の政策や発言は、良し悪しは別にして誰でも分かる。外交も相手国との加減(±)で決める。そして気に入らないと掛け算を持ち出す。それが関税交渉。足し算引き算では足りない場合だ。彼にトランスジェンダーという高度な数学は「解」せない。

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創作大賞2025(note)に五作品を応募しました。その経緯をお読みください。
https://note.com/olympism/n/nc64126028a80
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橋本聖子が新会長 JOCにいま何が?(日刊ゲンダイ) 春日にしか書けない深層
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IOC会長選 7候補マニフェスト完全採点
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/5241

IOC会長選挙の結果についてゲンダイでも論じました。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/369469
コベントリーの勝利にプーチンが反応しました。融和外交に入っていくか?

「2024パリ大会 徹底、実践五輪批判」日刊ゲンダイ連載、全18話
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4728/495

Forbes Japanで開会式について五輪アナリスト春日良一が分析。詩的スポーツ思考。
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コメント

  • クリスタルメダルを!

    この問題は以前からジレンマ、トリレンマが働く実にゆゆしき問題と考えていますが、
    トランスジェンダー女性の「女性」としての資格は認めるが、記録と優劣は当面は「参考記録」に留め、
    クリスタルメダルを贈呈するということでどうでしょうか? オリンピックは、それこそ「参加すること」に
    意義があるので、そこは「女性として参加」させてIOCの体面を保つ。ただし記録に関しては、当面は
    どんなに多くのデータを調査したとしても、科学的な結論は出ないと思うのでペンディングとし、
    あくまで参考記録として表彰する。これが現在の人間のレベルなので、差別問題にはならないと思います。
    強いて言うなら「暫定的な、蓋然的な区別」です。こうすることで、トランプとアメリカNOCを説得するしか
    ないように思われるのですが。
    一種の大岡裁きで、中庸・中道を打ち出す方法です。暫定解を打ち出す方法です。
    記録やメダルのための優劣に過度に真剣になるのは、それ自体オリンピックの(クーベルタンの)主旨に
    反することだと思います。優れていようと劣っていようと、その個人の自由意思において参加することに
    意義があるので、それを(性意識も含めて)制限し禁じてはいけない。これが近代オリンピックの精神であり、
    パラリンピックも全く同様であると思います。


  • Re: クリスタルメダルを!

    勝利至上主義でない五輪の精神を取り戻す機会になる提案ですね。実際、アメリカの大学での競技会ではトランス女子の参加を認めつつ、トランス女子を含めた順位と除いた順位を適応した事例もつい最近報告されています。大岡裁きというところがあなたの日本教徒ぶりを発揮していたとても面白かった。この問題はヘレニズムとヘブライズムの問題だと私は思っているので。


  • ヘブライズムからオリンピズムは生まれない

    追伸ですが、
    これを科学でもオリンピズムでもなく、トランプ達の信じるユダヤ原理主義的な宗教の観点からの
    拒否ということになるのであれば、それはギリシアのヘレニズムとは相容れない考え方になります。
    というのも、科学もオリンピズムもともにギリシア由来の思想ですが、古来同性愛的なもの、中性的な
    (ヘルマプロディーテ的な)ものも受け入れるのがギリシア的なデモクラシーなので、その点からは
    ギリシア的なヒューマニズムとユダヤ原理主義的なヒューマニズムは相容れません。
    これでは西洋的なego対egoの構図になってしまいますね。
    オリンピズムは元来、ユダヤ的なものをも包摂する普遍性ですが、ユダヤ的なものはオリンピズムを
    生むことはできませんでしたし、もしかすると包摂することもできないのかも知れません。


  • Re: ヘブライズムからオリンピズムは生まれない

    日本教徒ぶりが全開で興味深い追伸でした。西洋科学近代はヘレニズムだけでは生まれませんでした。ヘブライズムとヘレニズムの止揚の中で生まれました。オリンピズムはその西洋科学近代の所産と言えるでしょう。オリンピズムのCITIUS ,FORTIUS ,ALTIUSはヘレニズムだけでは説明できません。



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