オリンピック休戦国連決議の使い方 〜ウクライナとロシアの攻防を包摂する〜

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オリンピック休戦国連決議の使い方
〜ウクライナとロシアの攻防を包摂する〜

国連総会(193カ国)は19日、来年のミラノ・コルティナ冬季五輪・パラリンピックに関して加盟国に全ての紛争の休戦を求める決議を議場の総意で採択した。

決議は来年2月6日のミラノ・コルティナ五輪開幕の7日前から、3月15日のパラリンピック閉幕の7週間後まで、加盟国に休戦を順守するよう求めた。大会期間中やその後も含め、スポーツを「平和と対話、和解を促進する手段」に位置づける国際オリンピック委員会(IOC)に協力するよう加盟国に要請した。

開催国イタリアが主導で165カ国が共同提案国となった。前回のパリ2024のオリンピック休戦採択時は77カ国であった。
この決議の模様はYouTubeで全て見ることができたので、私はほぼ三時間に亘る会議の模様を凝視した。これがなかなか難儀な仕事で、国連総会議長が議題「開発と平和のためのスポーツ:スポーツとオリンピックの理想を通じた平和でより良い世界の構築」への声明を述べた後、加盟国の有志が演説をするのだが、その言語が英語や仏語だけでなく、アラビア語、スペイン語、ロシア語となるので、その翻訳にかなりの労苦がある。

しかし各国のこの決議に対する開陳は如何にオリンピック理念を重要なものと考えているかを自国のスポーツへの取り組みの中で表明しており、内容豊かなものであった。
中でも現在まさに戦争状態にあるウクライナとロシアの代表が意見を述べ、オリンピック休戦を指示しつつもそれぞれの立場を明確に訴えており、相違する意見を持ちながら対極的な調和をもたらす道を探る例示として重要だった。それはイスラエルとインドネシアの論点にも関係してくるものであった。

演壇に立ったのは、主催国イタリア、キプロス、タイ、クウェート、モルディブ、シンガポール、モナコ、チュニジア、レバノン、ルワンダ、ギアナ、バーレン、中国、UAE、カタール、ギリシア、フランス、ハンガリー、ウクライナ、イスラエル、USA、ブルンジ、ジンバブエ、キリギスタン、エクアドル、ロシアの26カ国。

その後、コベントリーIOC会長が演説し、事務局から共同提案国のリストが読み上げられ、「スポーツとオリンピックの理念を通じた平和でより良い世界の構築」決議は採択された。

採択の説明について議場から着席のまま発言を許されたのはデンマーク、アルゼンチンそしてインドネシアであった。デンマークは自国の他、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、エストニア、ラトビア、リトアニアを代表して発言した。

オリンピック休戦国連決議 2025-11-23 8

スポーツが国家を変える事例

それぞれの発言はそれぞれの国のスポーツ事情を象徴しているが、最も印象的なのは具体的に国内の紛争をスポーツ交流によって改善した事例である。

例えば、ブルンジの例。
ブルンジは、10年間の暴力的な紛争から脱却し、スポーツを通じた和解、平和、そして発展のモデルとなった長年にわたる国民的経験を共有したいと考える。

「社会的な絆が断ち切られ、国家が権威の回復に苦闘した時期です。私たちの国は、シンプルでありながら深く人間味あふれる普遍的な手段、すなわちスポーツに目を向けました。
私たちは、競技場を出会い、対話、そして復興の場へと変革することを選びました。
当初は、元反政府勢力の戦闘員、政府軍の兵士、民間人など、若者たちが全国各地で開催されるスポーツ大会に集結しました。チームは各州で結成されました。
その後、選抜された優秀な選手たちが混成の州間チームを結成し、団結と和解の象徴となりました。これらの州間トーナメントは、分断を超越し、かつてのライバル同士がチームメイトになったり、サポーターがそれぞれの地域チームを応援したりすることで、徐々に共通の帰属意識が芽生えていきました。
そして何よりも、ブルンジ人であることへの誇りが芽生えたのです。
私たちのビジョンは、すべての国で平和の灯火が明るく輝く世界です。
和解、社会の結束、そして共通の進歩への道を照らすブルンジの経験は、スポーツが深く分断された社会を結びつけ、共通の目標を掲げる結束したコミュニティへと変革できることを示しています。
紛争、不平等、社会の分極化、気候危機、そして強制的な避難といった世界的な状況において、スポーツは希望、インスピレーション、そして集団行動を促す強力なツールとなります」
また、アラブ諸国の女性のスポーツ傘下への取り組みが積極的であるのも驚きであった。イスラム教による女性への制約に対してスポーツ側から能動的に取り組んでいる。

例えばUAE(アラブ首長国連邦)。
「UAE女子スポーツ連盟は、UAEの女性が国際フォーラムでリーダーシップを発揮し、競技に参加し、国を代表できるよう、エンパワーメントにおいて大きな進歩を遂げてきました。
さらに、女子スポーツ分野の発展を目指すプログラムを支援するための国内法も制定されました。最後に…UAEは、世界における平和の定着と持続可能な開発の達成において、スポーツの役割を促進するという確固たる決意を表明します」

例えばクウェート。
「スポーツが自信とリーダーシップを育むツールであることを認識し、スポーツにおける女性のエンパワーメントを最優先課題としています。
こうした背景から、2019年にはクウェート女性スポーツ委員会が設立され、スポーツ連盟の規約が改正され、理事会における女性の代表権が確保されました。
女子選手権が公式大会に統合され、審判やスポーツ運営に関する専門的な研修・開発プログラムも開始されました。
こうした努力は、クウェートの2024年パリオリンピックへの栄誉ある参加という形で結実し、誇り高く国旗を掲げたアスリートたちの姿に象徴されています。
平等とエンパワーメントへの国家としての確固たる決意を表明するため、私は本日、スポーツ分野における女性のエンパワーメントの進展を目の当たりにし、母国が能力開発やチームスピリット、規律、そして忍耐力を育むための支援環境の恩恵を受けたクウェート人女性として、皆様にお話ししています」
スポーツが如何に国家における調和と和解そして男女平等に如何に有効であるかを雄弁に語っている。
またイスラム教の厳しい戒律がある国でもスポーツが女性の権利を守るツールとなりうることを示している。

オリンピック休戦の実現への例示

この休戦決議は総会の総意として採択された。しかし現在も戦争を続けているウクライナとロシアもこれに賛同する発言をしている。一方でそれぞれは自らの国家としての主張も記録している。

まずはウクライナ。
「スポーツは地域社会を結びつけ、若者を鼓舞し、社会の回復力を強化します。しかしながら、平和の力として機能するスポーツの能力は、ロシアによるウクライナへの継続的な侵略戦争によって大きく損なわれています。
この戦争は、ウクライナのスポーツ界に壊滅的な影響をもたらしました。ロシアの侵略は、競技に向けた選手たちの準備を妨げています。多数のイベントの中止または延期につながった。トレーニング施設へのアクセスが制限され、スポーツインフラの一部または全部が破壊された」
そしてここで私にとって初めての英語に遭遇した。「Distinguish colics.」直訳すれば「疝痛と区別する」?!辿り着いた私訳は「産みの苦しみではない苦しみ」である。つまりロシアの侵攻の痛みは何も生み出さない苦しみ。苦以外のない苦しみである。

「ロシア連邦はウクライナのスポーツコミュニティのメンバー少なくとも644人を殺害した。20人が負傷し、20人が依然として監禁され、13人が行方不明である。
ウクライナの少なくとも799のスポーツ施設がロシアの攻撃を受け、そのうち140、180が完全に破壊され、134が部分的に破壊された。そして120が深刻なまたは部分的に損傷している。
ベラルーシはこれらの犯罪を犯すためにロシアを積極的に支援してきた。したがって、国際社会は、ロシアのウクライナ侵略戦争への共謀に対する唯一の正当かつ必要な対応として、ロシアとベラルーシの選手の国際スポーツ大会への出場停止を維持しなければならない。
彼らの参加を認めることは、平和への貢献者としてのスポーツの健全性を損ない、ウクライナの選手やコーチに対する継続的な殺害を容認し、この戦争によって殺害され、負傷し、避難を余儀なくされたウクライナ支援コミュニティの数百名のメンバーに対する侮辱となる。
この点に関して、ウクライナは、ウクライナオリンピック委員会の領土保全の侵害を含むオリンピック憲章違反を理由にロシアオリンピック委員会の資格停止を維持するというIOCの決定を歓迎します。
ウクライナは今日、本格的な攻撃を受けながらも、この代表チームをオリンピックに派遣し続けている歴史上唯一の国です。(私釈:パレスチナも国内オリンピック委員会としてならそう言える)
平和、尊厳、正義というオリンピックの価値への揺るぎないコミットメントの証として、ロシアはしばしば『スポーツは政治の外にあるが、戦争は政治ではない』という言葉を繰り返しています。戦争は犯罪です。
侵略に報奨金を支払い、選手を故意に殺害し、スタジアムを破壊する国家は、オリンピックの理想に言及する道徳的立場にありません。
ロシアはそれを侵害しました。オリンピック休戦は少なくとも3回行われ、オリンピック運動の基本原則を軽視していることが改めて明らかになりました。尊敬する同僚の皆様。スポーツは平和のためのプラットフォームであり続けなければなりません。侵略国によるプロパガンダの道具であってはなりません」

そしてロシア。
「オリンピックは、単に力強さと忍耐力を示すスポーツ競技会ではありませんでした。オリンピックは、団結そして対立の拒否という理念に基づいて創設されました。
オリンピックは外交の手段であり、国際関係の緊張を緩和し、紛争を解決するのに役立ちます。それがスポーツ。
人類が利用できる手段の一つは、善隣友好と文化の精神、そして相手を受け入れることにおける平和共存の原則を促進することです。
ロシア連邦は、増大する世界的な課題に直面する中で、オリンピックの理念が特別な意義を帯びていると確信しています。私たちは、特に若い世代において、スポーツの価値を常に推進しています。スポーツは、平和、相互尊重、連帯の普遍的な言語であり、文化を結びつけ、敵意を克服し、人々の間に信頼の雰囲気を育むことができます」
 はっきりとオリンピック理念への賛同を表明している。

「私たちは、スポーツにおける国際協力に特別な注意を払っています。私たちは、ロシアパラリンピック委員会の完全復帰に関する国際パラリンピック委員会(IPC)総会の決定を歓迎します。
障がいを持つ私たちのアスリートにとって、これは非常に前向きなシグナルであり、不当に奪われた愛するスポーツに早く戻れるという希望を与えてくれます。
ロシア連邦は、世界のスポーツが自らの法則に従って発展し、政治情勢や好みに左右されることのないよう、そして特に、残念ながら今日この壇上から聞かされたような差別や操作の対象とならないよう主張しています」
先般IPCが発表したロシアパラリンピック委員会の資格停止処分解除を歓迎し、この判断がIOCにも及ぶことを訴えているのだ。そして、

「この点において、私たちはイタリア代表団が作成した、スポーツを通じて平和を促進し、地球上でより幸せな生活を築き、オリンピックの理想を体現することを目的とした決議案を歓迎します」
とオリンピック休戦に賛同するという流れ、そして
「私たちは、現在の条文に前向きな変更が加えられていることを嬉しく思います。特に、この決議案の前文の第31項は、オリンピック憲章の原則を例外なくすべて認めています。

これらの原則に反対することは、オリンピック運動の差別と政治的中立性を崩壊させることになると、私は記憶しています。
この文書への支持を表明する西側諸国の代表者の方々には、これらの原則が彼らにとって空虚な言葉ではないことを、言葉ではなく行動で速やかに示していただきたいと願っています」
との主張は「選手はあらゆる差別を超えてオリンピックに参加することができる」という原則」であり、コベントリーが演説の中で「選手が集まる時、それは国籍も宗教もあらゆる背景を超越する」と伝えたことと符合する。そして、
「ロシア選手の高いプロ意識が国際舞台で再び発揮されるのを心待ちにしています。
近年、政治的な動機に基づく決定によって損なわれてきたオリンピック運動の誠実さに対する信頼を国際社会が回復するには、まだ長い道のりが残っています。
スポーツの真の理想を取り戻すには、偏見や二重基準のない共同の努力が必要です。すべてのオリンピック選手は、敬意と公平さ、そして政治的障壁のない雰囲気の中で、対等な立場で競技する機会を持つべきです」とした。

ここで言う二重基準とはイスラエルがガザ紛争の中にありながら、ロシアと同様の扱いではないことを指している。
しかし、思えばオリンピック休戦を破ったのはロシアであり、それ故に受けたロシア国籍での五輪参加ができないことを、選手の国籍を超えての参加という理念で反駁するというまさに二重基準である。

包摂の思想

ウクライナの客観的ロシア批判、ロシアの隠喩的IOC批判があるがままの状況で、それぞれがミラノ・コルティナ冬季五輪に関するオリンピック休戦の総意を形成している。
このあり方自体がスポーツによる世界平和構築の様式である。
早急なメディアはどれだけオリンピック休戦決議を採択しても戦争は無くならないという現実を批評するが、最も肝心なことは国家意志が相違し、国家間の争いとなっていたとしても、その意志がオリンピック開催期間における休戦を支持する限り、その理念は継承されることにある。
矛盾を抱えながら矛盾を止揚するのではなく、包摂するあり方、それがオリンピズムの行き方であると今回の国連総会を凝視する中で悟った。

ミラノ・コルティナ2026でオリンピック休戦が実現することを祈る。
このオリンピック休戦決議総会で、イスラエルは先般の国際体操選手権がインドネシアで行われた際に、イスラエル選手の入国を認めなかったことを非難した。イスラエルはIOCがインドネシアに対して取った措置を歓迎した。

IOCはインドネシア政府に国籍を問わずあらゆる選手が入国できる保証を求めていた。そして、インドネシアは今回とったような措置は国家理論から正当であると反論した。
しかし一方で「スポーツの卓越性への投資継続、若いアスリートの機会の拡大、国際スポーツ団体との協力強化を含め、スポーツの発展に引き続き尽力していく」と宣言した。

矛盾しつつの包摂がこの総会決議の最後の発言となった。

コベントリーは国連演説に先立つ11月17日ブリュッセルで開催された第7回欧州スポーツの夕べの席でこう語っている。
「もし私の国が混乱状態にあった時に制裁を決断していたなら、私はオリンピックに出場できなかったでしょう。もちろんメダルも取れなかった。私の道も全く違うものになっていた。スポーツが私の人生を変えたのです」

(敬称略)

2025年11月23日

明日香 羊
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編集好奇
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かつてIOCの無手勝流を書いたところ、識者から「乱暴な論」と言われた。確かに。
しかし、それは身体的思考を訓練していないからだと私は思った。
自らの好きになったスポーツに成熟する中で遭遇する身体的限界(デッドポイント)、そしてそれを乗り越える時に見える場所。
戦いに勝つために最上の武器(手段)を求めれば、その追求は物理的に果てしない。
しかし身体にそれを求めれば、常に限界と向き合う。訓練と克服。その最終地点で見える場所。
武器のない世界。自分自身で勝負する世界。それを手段にすれば無手勝流と言えるのではないか?リーサルウェポン。
頭だけでする思考にはその侘び寂びが分からない。
(敬称略)
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創作大賞2025(note)に五作品を応募した経緯!
https://note.com/olympism/n/nc64126028a80
古希の旅 琴平慕情 初の小説的紀行文 必読!
https://note.com/olympism/n/n935d8b2c4f3d
橋本聖子が新会長 JOCにいま何が?(日刊ゲンダイ)深層スポーツ哲学
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/5337

「2024パリ大会 徹底、実践五輪批判」日刊ゲンダイ連載、全18話
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4728/495

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