ミラノコルティナ冬季五輪を斬る(1) 〜小林陵侑が飛べなかった本当の理由〜
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ミラノコルティナ冬季五輪を斬る(1)
〜小林陵侑が飛べなかった本当の理由〜
スキー競技、ジャンプ種別の新種目の一つ男子スーパー団体は、二人のジャンパーが3回のジャンプを行い総合得点で競う。日本のメダル期待値の高い種目だった。
小林陵侑、二階堂蓮で挑んだ日本は3回目の2人目に入ったところで雪が降り始め、中断を挟んだがさらに降雪が強まり、全チームが飛び終えていた2回目までの順位が採用され、日本は6位となった。
日本1回目は、二階堂が131・5メートルで137・4点、小林が129メートルで134・9点を記録して合計5位だった。首位と18・9点差で2回目に進んでいた。
2回目は、二階堂が131・0メートルの130・2点、小林が130・0メートルで132・7点。2回の合計535・2点の6位で3回目に進んだ。
トップは568・7点のオーストリア、以下、547・3点のポーランド、538・0点のノルウェーと続く順位だった。
そして迎えた3回目、日本は1人目の二階堂が138・5メートルのビッグジャンプ。6位から2位まで順位を上げて、一気にメダル圏内に入った。逆転メダルへ、最後の小林の試技を待つことになった。

これは観る競技としての面白さの極致に迫る展開であった。
勝負師、小林は逆転勝利に飛ぶ気満々であった。しかし、降雪による中止、2回目までの成績で日本はメダルを逃すという結末になった。
小林が3回目を飛ぶところで、日本のジャンプファンは思い出したはずだ。1998年の長野冬季五輪の名シーンを。雪で中止になりそうだったあの時を。
1994年のリレハンメル冬季五輪から話を始めよう。ラージヒル団体に臨んだ日本は西方仁也、岡部孝信、葛西紀明、原田雅彦のメンバー。1回目で全員高得点を記録、2回目も順調で3人目を終えたて2位のドイツ代表に大差、金メダルが手の届くところにあった。しかし最後のジャンパーのエース原田が大失速。1回目120メートル超の原田の2回目は100メートルにも届かず14年ぶりのメダル獲得は銀だった。原田の顔が失敗に笑っているように見えて、当時、日本オリンピック委員会(JOC)の職員だった私は次の日、苦情の電話に悩まされた。「失敗したくせに、笑っている場合じゃねえよ」と電話の向こうは怒鳴りまくる。何本もそういう電話があった。彼は笑っていたわけではないのだが。
そして迎えた長野五輪、雪辱を果たす場面が訪れた。日本代表はラージヒル団体の優勝候補。地元開催の応援は最高潮に達した。岡部孝信、斎藤浩哉、原田雅彦、船木和喜。しかし当日は悪天候。1回目。原田が再び失速、80メートルにも届かず。3人の安定したジャンプで辛うじて4位につけ、逆転の可能性を残した。
だが白馬は吹雪に見舞われ、1回目のみで競技で終える案が濃厚になったが、続行が決まり、
2回目は岡部が137メートルの大飛翔で首位。斎藤も安定したジャンプ。そして原田。「また失敗するのでは」との不安が過ったが、137メートルを記録したのだ。
2位と大差の4番手、船木は既に個人戦で金と銀を獲得している。
「船木〜」と原田が下から絞り出すように吹雪の中、応援する声が記憶に残る。そして、船木が見事なジャンプを決めて、日本に金メダルをもたらした。原田の重荷が解かれた瞬間でもあった。
その原田は今回のミラノ・コルティナ冬季五輪ではチームジャパンの副団長である。その副団長の下で、スーパー団体で起きたことは長野と真逆な結果となった。
雪によって中断され逆転のチャンスを失った小林が「常に飛ぶ体勢でした。というか、あの気象の雲のレーダーを見れば(雪がやむと)絶対に分かっていた。5分後にやむと知っていてもしなかったんだな」と悔しさをぶちまけていたが、実は長野五輪の時にもこの気象予報の力が日本の金メダルの実現に一助となっていたのだ。
2回目を打ち切りにするかも知れないという中で、「少し待てば30分間ほど風の弱まる時間がある」という予測を出し、最後まで競技を進める結果に結びつけた力があった。それがなければ日本は4位で終わっていたのだ。その力こそ長野五輪で気象センター長を務めた伊藤硯陸率いるスタッフ45名の力だ。大会5年前からデータ収集に関わり、かなり高い精度でその変化を予測し把握していた上で「日々胃に穴の開くようなストレス」で予測をしていたのである。その努力のおかげ長野の金メダルが現実のものとなった。
故に今回のスーパー団体の中止は信じがたい、ある意味「暴挙」だ。今やAIを駆使して長野五輪時代よりかなり精度の高い予測ができていたはずである。その上で逐次その競技実施完徹をゴールとして逐次予測に責任を持つ覚悟が必要だ。それができなかったとしたら、組織委の怠慢である。そもそも競技をできる限り完全に全うするというのが競技運営のマストなのだ。
そして冷静に振り返ると自らの専門である競技のその裏方の実態を原田副団長が知らなかったと思える。長野の金メダルが気象センターの地道な努力の積み重ねで後押しされた事実を知っていれば、副団長としてジャンプのためにその体制がミラノコルティナ冬季五輪の組織委において整っているのかを事前に調査研究しておくはずだろう。
思えば、今回の団長、副団長コンビは先の北京冬季五輪の継続だったが、北京での失態が想起される。高梨の混合団体でのスーツ規定違反の問題だ。この問題が起きた時に、伊藤団長は記者会見で原田副団長を伴い「今すぐこのルールに対して我々が抗議するということではない」と言っていたのだ。この時も私はゲンダイのコラムで批判したが、団長、副団長が矢面に立ってやらないと選手の本当の思いが組織委にも国際オリンピック委員会(IOC)国際スキー連盟(FIS)にも伝わらないのである。
この時、真摯に団長と副団長の責任として高梨問題を認識しIOCとFISに行動を起こす意識があれば、その時点で結果は出なくとも、今回の小林に後悔をさせる事態もなかっただろう。
団長や副団長が選手の成功に胡座を描いているようではかつての日本代表選手団と変わらない。日本選手のための競技環境をより良くするべくあらゆる方面に手を尽くすのが団長と副団長の務めなのだ。
あたかも自分たちがメダル総数24の大活躍の立役者のように振る舞って記者会見や公式セレモニーに出現しているこの人々に私は呆れるしかない。
ジャンプ、スーパー団体でメダルを失ったのは一体誰のせいなのか?長野五輪の金メダル数5を超えることもできていたかも知れないのだ。
(敬称略)
2026年2月28日
明日香 羊
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編集好奇
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ミラノコルティナ冬季オリンピックが終わってまもなく一週間になる。始まりとともにゲンダイの集中連載が始まり、日々、地政学的思考を鍛錬していた感じがある。
とても疲れたがアスリートのように充実した日々であった。
エピローグとしてスポーツ思考したい話題を本号から取り上げていきます。
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「新・実践五輪批判」連載完結!
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