国際パラリンピック委員会の問題提起 〜ロシアとベラルーシを認める論理〜

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国際パラリンピック委員会の問題提起
〜ロシアとベラルーシを認める論理〜

国際パラリンピック委員会(IPC)の第 22 回年次総会が9月27日ソウルで閉幕した。数百人の代表者が参加したこの会議の重大決定事項はロシアとベラルーシの国内パラリンピック委員会の資格停止処分を全面的に解除したことだ。

この決定は国際オリンピック委員会(IOC)が先の理事会で示した方向と真逆である。このままミラノ・コルチナ冬季五輪に突入すれば、オリンピック期間には旗めくことのない両国の国旗がパラリンピック期間では堂々と会場に翻ることになる。

本件について色々が議論が起きているが、皆、IOCとIPCの根本的な相違が理解ができていないため議論がずれている。

スクリーンショット 2025-10-01 18

2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻しベラルーシがそれを応援した。北京冬季五輪が終わり、北京冬季パラリンピックが始まろうとしている間の出来事であった。前年国連総会が決議した五輪休戦の期間はオリンピック開会七日前からパラリンピック閉会七日後までであり、この狭間で「武器を取る」ことは国連決議の「オリンピック休戦」を破ったことになるのだ。

(プーチンは「本来のオリンピック休戦は守っている」と言うだろうが)

IOCが侵攻直後に発したロシアとベラルーシの国際スポーツ界からの排除声明は、選手第一主義を貫いていたバッハ政権の流れからは異例だった。この緊急発信は五輪精神の根幹である「オリンピック休戦」を破ったことへの危機感からだった。しかし、この直後、IPCはロシアとベラルーシの選手のパラリンピック参加にはダメを出さなかった。それはパラリンピック選手と国家とは別の存在であるというアスリートファーストの五輪精神を重要としたからであった。

IOCがロシアとベラルーシの排除を声明した時、私も同じ考えからIOC会長と副会長にメールを送って、選手第一主義に反するのではないか?と問うた。そしてその答えは、上述の通り、「オリンピック休戦」の重要性であった。

今回のIPCの決心がなぜ可能であったか?IPCではオリンピズムの実践が不自由になる構造上の問題があるからだ。

IOCはオリンピズムの実践機構として、非営利、非政府の機関である。それはIPCも一緒と言える。が、理念上、IOCは五輪精神を尊重している個人の集まりであり、その精神に賛同する各国オリンピック委員会(NOC)、各国際競技連盟(IF)を仲間として承認する組織体なのである。一般があるいは専門家と言われる人々もよくよく取り違えているのだが、NOCもIFもIOCの「加盟団体」ではないということだ。

それに対して、一般や専門家が思っている通りの組織がIPCであり、各国パラリンピック委員会(NPC)、各IF、そして各大陸連合が加盟して成立している。

ロシアとベラルーシ両NPCは2023年総会で一部資格停止処分を受けていたが、今次総会でこの停止措置の解除が決定された。ロシアは賛成111票、反対55票、棄権11票という絶対的多数を得た。その後、部分停止継続案は賛否が分かれたが、賛成91票、反対77票、棄権8票という結果。ベラルーシは賛否が分かれず、部分停止継続案は103対63で否決された。

この投票はそれぞれのNPCが行うわけであり、そこに各NPCの事情が反映される。IOCがIOC委員という五輪精神に基づいて行動する個人が話し合って結論を導き出すあり方とは全く違う状況になる。

国内オリンピック委員会(NOC)の総連合であるANOCもNPCと同様の動向になるが、今回のIPCの決議で如何にIOCの特殊性が五輪精神を守る構造になっているかが明らかになったと思う。

IPCの決定について、ウクライナの外務省と青年スポーツ省は同日、共同声明を発表し、IP Cの決定について「恥ずべきものだ」と反発し、世界中のスポーツ界に撤回の働きかけを呼びかけた。声明でロシアがソ連時代からスポーツをプロパガンダ(政治宣伝)に利用してきたと指摘し、決定は「ロシアによる攻撃やテロを助長する」としている。

この声明についてはロシアと同じ土俵でスポーツを見ているウクライナの発言とするしかない。オリンピズムという根を有しないパラリンピズムにとっては、自らの障害を背負ってスポーツによる超越を目指す選手は、同士であり、そのような選手像が鮮明に浮かび上がるので、国境の垣根を容易く超えられるのではないか?

今次総会で主催国、韓国のドン・ヒョン・ベを制し、60%以上の得票率で会長の座を保持したアンドルー・パーソンズが果たしてこの決議を如何にオリンピズムに近づけるか?手腕が問われる。

それにしてもパラリンピックは五輪と平行(パラレル)に走る運動であって、五輪とは永遠にひとつにならないことを今回の決議はいみじくも明らかにしたと私には思えるのだ。その動向が五輪の盲点をついてくることが実は重要なのかもしれない。

(敬称略)

2025年10月1日

明日香 羊
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編集好奇
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ミラノ・コルチナ五輪はもう直ぐです。
五輪休戦の踏み絵をロシアとイスラエルに突きつけるべきかと思います。
それを当該国NOCが実現できれば、五輪に参加できる。
そう言えるI OC会長が理想です。

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コメント

  • 拝読しました。

    IOCとIPCの立場は、説明により何とかわかりました。
    それぞれに論理的筋があるのでしょうが、ゆくゆくは何とか一つの原理のもとに
    より単純化されるといいですね。
    人間にはどうしてもshould(理想、人倫)の面とbe(現実、現状)の面がありますから、
    それまでの方便としては仕方がないのでしょう。

    身体の不自由さということで考えれば、人間とはみんな精神・心も含めて
    不自由な存在だと思います。本質的には不自由な悲劇的規定の中に内在(受肉)している。
    しかしこれを基盤に「愛」や「慈悲心」を起こせるほど、人間は聡くない。

    だから、IOCとIPCの判断の違いは、一般の人には、なかなかわかりずらいことでしょうし、
    現にオリンピック精神にも、二つの立場が顕れてしまうのだと思います。



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