国内オリンピック委員会のあり方 〜スポーツの世界内存在からの超越に向けて〜

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国内オリンピック委員会のあり方
〜スポーツの世界内存在からの超越に向けて〜

10月2日、パレスチナ国内オリンピック委員会(NOC)代表団がIOC本部オリンピックハウスを訪れた。IOC会長コベントリーはジブリル・ラジュブ会長率いる同代表団を歓迎し、継続するガザ紛争がパレスチナのスポーツと選手に与える影響、そしてこの悲劇的な状況下でIOCが提供できる支援について話し合った。

コベントリー会長は「地域の平和に関心を持つ全ての人々と同様に、我々は現在の外交的進展を注視しており、これが早期に平和への道筋につながることを願っている。この紛争の影響を受ける全ての方々に心からの哀悼の意を捧げるとともに、当然ながら地域のオリンピックコミュニティと連帯する」と表明した。

そして、「平和的な競技を通じて世界を結びつける」スポーツの根本的な役割を強調した。IOCが先般表明した「世界中で数多くの戦争や紛争が数百万の罪なき人々に影響を与える中、スポーツには平和的な競技を通じて全世界を一つにまとめる力がある」という主張の文脈にある。(スポーツ思考vol.533に詳述)

あくまでもスポーツは世界という枠組みの中で、スポーツにしかできない活動の中で、スポーツの根本的な役割を果たしていくということだ。

一方ラジュブ会長は昨年「パレスチナスポーツ復興計画」へのIOCの支援を求めている。当時IOCは、パレスチナNOC管轄区域内の破壊されたスポーツ施設の再建と競技活動の再開を目指す同計画に向け、国際的な支援者から資金を動員する国際連帯活動を調整すると発表していた。

コベントリーはジブリル・ラジュブと会う 2025-10-08 20

しかし、今回パレスチナNOC会長とIOC会長が合意したのは、バーレーンで開催予定の2025年アジアユースゲームズ、2026年ダカールユースオリンピック、2026年愛知・名古屋アジア競技大会、2028年ロサンゼルスオリンピックに向けてトレーニング中のパレスチナ選手に対し、複数のオリンピック連帯奨学金を割り当てることだった。

これは積極的なIOCのパレスチナ支援と見られるだろうが、パレスチナNOCのための国際連帯活動というスポーツの枠を超えた行き方からスポーツ内連帯へのいわばスポーツ内存在的な行き方に変換されたと私は見た。

その経緯にも文脈がある。

IOCが「社会の枠組みの中のスポーツ」を意識するように変わったのは、2018年の憲章改正に哲(あきら)からである。英国のEU離脱、トランプの登場、プーチンや習近平、金正恩の権威主義の顕現化の中でオリンピズムを守りつつ、世界の流れに適応しようとする中で、バッハ体制がスポーツの「政治的中立」を明文化した時からである。

それまでも社会と適応するスポーツを主張してはいたが、その内実はスポーツによる世界平和構築という理念を社会的制限を超越したところから実現しようという根源的オリンピズムは捨てていなかった。しかし、現実的にオリンピック開催都市がソチになり、北京になる中で、民主主義とグローバリズムとの符合で済ませていただけでは、オリンピズムの定義は心許ないものとなった。

「sport occurs within the framework of society(スポーツは社会の枠組みの中で行われる)」という一文には、オリンピック憲章がスポーツの「社会性」に重点を置いていることが表れている。つまり、スポーツは社会から独立した存在ではなく、政治、経済、文化、宗教など多様な社会的要素の影響を受けるというリアリズムがある。

しかし一方で真のオリンピズムはスポーツが社会の枠組みを「超える」可能性こそを理想として掲げてきた。政治、経済、文化、宗教などのあらゆる枠を超えるということだ。ここに矛盾と緊張がある。バッハはパレスチナ情勢への国際的連動を訴え、オリンピズムの超越的志向性を維持しようとした。その生き方をコベントリーは世界内存在化した。それが今回の合意だ。

実にプラグマティクだ。

IOCは「中立性」を強調する一方で、「社会との関係性」を強調する方向に傾いている。これは社会的批判を避けるための「安全保障的レトリック」で、理想的超越性よりも社会的適応(pragmatism)を前に出しているとも言える。その結果、「社会の枠組みを超える理想性」が背景に退いてしまっていくように見える。

しかし、オリンピック・ムーブメントは「平和のためのスポーツ」という理念を掲げ、これはナショナリズムや政治対立など社会の分断を一時的に越え、共通の人類「体験」を創出することを意味する。つまりスポーツは「社会の中にある」と同時に「社会を超え得る」。この二面性がオリンピズムの核と思う。

それゆえパレスチナNOCへの支援とともに、ガザに国際的支援によるガザスポーツコンプレックスを創設することを打ち出せるIOCを私は望むのである。(スポーツ思考vol.533参照)

パレスチナの選手のためのスポーツ施設が、世界のアスリートやスポーツファンを抱擁するスポーツコンプレックスに飛翔するのである。

こうしてパレスチナNOCがガザ紛争の中でオリンピック運動を諦めないあり方が、スポーツを通じて世界平和を志向する現象として世界に警鐘を鳴らすだろう。

「イスラエルNOCとパレスチナNOCは、国際的に認められたそれぞれの領域において、同等の権利をもってIOCから承認されており、オリンピック運動の中で平和的に共存している。両NOCはオリンピック憲章を遵守している。IOCは両NOCの代表者と定期的に連絡を取り合い、選手への支援を提供するため緊密に連携を続けている」とIOCは言う。イスラエルNOCとパレスチナNOCがそれぞれネタニヤフやハマスを批判することはない。もしそれをすれば政治的中立を犯すことになる。

オリンピックという時空でのみ彼らが共に闘い認め合える世界が実在するという現実を、両NOCの日々の歩みの中で世界に見せていくことが必要と思う。その意味で、今回のパレスチナNOCとIOCの合意はプログマティクな一歩ではあるのだ。しかしその先にあるオリンピズムの求めるものを実現するための一歩でなければならない。

IOCが世界内存在化した今、NOCがそれぞれの国や地域で政治や宗教を超える行き方を見せ続けていくことが求められる。今回のパレスチナNOCが行ったようにIOCとともに歩む姿勢を見せる中で、政治を超え、宗教を超える。イスラエルNOCが同様にIOCとともに歩む姿勢を見せる中で、政治を超え、宗教を超える。

ガザのスポーツ施設復興にイスラエルNOCが賛同し支援すればそれが「超越」の証である。スポーツは全てを超える。それを証明するために今、IOCはプラグマティズムを利用しているのだろう。

(敬称略)

2025年10月8日

明日香 羊
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編集好奇
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コロナ禍の東京五輪、聖火リレー実施の議論の時、私は聖火リレーの原意を伝えた。「武器を置いてオリンピアに集まれ!」というメッセージだと。それを理解してくれたタレントさんがいた。土田晃之さんだった。しかしMCの坂上忍さんはスルー。あの時もっと頑張っていればと春日良一は後悔している。聖火リレーランナーを断ったタレントさんがなぜか今スポーツの力を語っている。不思議である。

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創作大賞2025(note)に五作品を応募しました。その経緯をお読みください。
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IOC会長選 7候補マニフェスト完全採点
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コベントリーの勝利にプーチンが反応しました。融和外交に入っていくか?

「2024パリ大会 徹底、実践五輪批判」日刊ゲンダイ連載、全18話
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Forbes Japanで開会式について五輪アナリスト春日良一が分析。詩的スポーツ思考。
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コメント

  • そうだと思います。

    IOCの仕事は一にかかって、政治(国家)と宗教(民族)を超えることだと思います。
    人間に共通普遍の肉体と精神で。
    勇気あるドラマチックな踏み出しが必要ですね。
    NOCもまた、NでありつつNを超えられるか?政治(国家)と宗教(民族)を超えるリアリズムが
    身近で実現できるか?



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