FIFAワールドカップ2026をオリンピズムから思考する(5) 〜パナマvsイングランド、「審判は交響曲の指揮者である」パナマの一点が消えた夜〜

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FIFAワールドカップ2026をオリンピズムから思考する(5)
〜パナマvsイングランド、「審判は交響曲の指揮者である」パナマの一点が消えた夜〜

6月28日、ニューヨーク・ニュージャージー・スタジアムで行われたイングランドとパナマの試合は2−0でイングランドの勝利。既にグループリーグでの敗退が決まっているパナマだったが、ワールドカップ(W杯)本戦での初ゴールを目指して懸命に戦った。

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今次W杯を見ながら、私はいつも以上に「審判」の存在が気になっていた。選手の身体能力が桁違いに高くなったせいか、主審にボールが当たる場面や、パスコースをふさぐようなポジショニングが目についた。副審のオフサイド判定VARでひっくり返されるシーンも少なくない。

もちろん、テクノロジーの導入で明らかな誤審が減っていることは理解している。それでも、ミリ単位のラインに晒される人間の審判を見ていると、「ここまで来ると、もう人間の限界を超えているのではないか」と感じてしまう瞬間がある。一方で、私は昔から言われてきた「審判は交響曲の指揮者である」という比喩が好きだ。ピッチの上で試合のテンポと強弱を整える指揮者の役割を、ドローンやAIにすべて明け渡してしまっていいのか。そんな問いが、今大会を見ながらずっと頭のどこかにあった。

 主審は単にファウルを数える係ではない。試合全体のテンポを整え、強弱をつけ、ときに選手に一言かけながら、九十分という一つの“音楽”をまとめあげる存在だ。日本代表が世界から好感を持たれている一因も、判定に不満があっても大きな混乱を起こさず、フェアプレーを重んじながら試合という「作品」を最後まで完走させようとする姿勢にある。そこには、選手と審判が一緒になって一つの舞台をつくる感覚がまだ残っている。その意味で、テクノロジーは「指揮者をクビにする道具」ではなく、「指揮者がよりよく振るための道具」であってほしい。

 ところが現状を見ると、どうもルールの「心」とテクノロジーの運用の間にズレが出始めているように感じる。その象徴が、ミリ単位のオフサイド判定だ。もともとオフサイドというルールは、守備側のフィールド内での「待ち伏せ」攻撃を防ぐために導入された。日本サッカー協会(JFA)の公式サイトでも、オフサイドは「守備側の選手の前に出てパスを受けるなど、相手ゴール前で待ち伏せする行為を制限するルール」と説明されている。要するに、「ゴール前で張り込んでいるだけ」の卑怯な攻め方をやめさせることが目的だったはず。

 ところが、半自動オフサイド技術や高精度のVARカメラが導入されてから、肩先やつま先、時には手の位置まで含めた「ミリ単位のライン引き」が前面に出てきた。画面上にはカラフルな線が引かれ、「このラインより攻撃側の一部がわずかに前に出ているのでオフサイドです」と説明される。ルールの文章だけを見れば、その判定は正しい。しかし、あれを見て「なるほど、それは卑怯な待ち伏せだ」と納得できる人がいるだろうか。「ミリ単位の正しさ」と、ルールの心とのズレは、今大会のいくつかの場面で顔を出していた。

 そのズレを、いちばん痛烈に感じたのがパナマ対イングランドの一場面だった。すでにグループリーグ敗退が決まっていたパナマは、それでも歴史に残る一点を求めて走り続けていた。相手は強豪イングランドで、スコアもすでに彼らがリードしている。勝ち点計算のうえでは、大勢に影響のないゴールかもしれない。それでも、パナマにとっては違う。ようやくこじ開けたネットが揺れた瞬間、スタンドの応援団が総立ちになり、太鼓のリズムと歌声が一段高くなった。ところが、その高まりは長く続かなかった。VARチェックの表示、スタジアムに落ちる奇妙な静けさ、そしてスクリーンに映し出される、数ミリだけ前に出た足先を示す無機質なラインの静止画。歓喜の渦にいたはずのパナマ応援団の肩が、ひとつ、またひとつと落ちていく。その感情の落差を、生身の選手とサポーターの時間を、たった数ミリの線が断ち切ってしまったのだ。「これは本当に守るべき公平さなのか」と自問せずにはいられなかった。

パナマ2026-06-29 15 W杯

 もちろん、ルールの側から見れば、あの場面も条文どおりに裁かれた結果だ。オフサイドラインをどこかで引かざるを得ない以上、「ほんの少しだけ前に出ていた」は、理屈のうえでは「完全なオンサイド」とは言えない。それでも、パナマの選手たちと応援団の喜びと落胆を見てしまうと、「何を守るための線なのか」という問いが頭を離れない。だからこそ私は、テクノロジーを責めるよりも、交響曲の指揮者としてピッチに立つ審判と、その審判を支える道具としてのVARやドローンの関係性を、もう一度ていねいに考え直したいと思うのだ。

 では、テクノロジーはどこまで介入すべきなのか。審判の仕事を「交響曲の指揮」にたとえるなら、VARやドローンは譜面台のライトや録音マイクのような存在にとどめるのが良いと思う。暗いところを照らし、聞き逃した一音を後から確認させてくれるが、テンポや強弱そのものは指揮者が決める。実際、国際サッカー評議会(IFAB)やJFAも、VARの役割を「はっきりとした明白な間違い」や「見逃された重大な事象」に限って主審を援助することだと定義している。

 ならば、ゴールラインを割ったかどうか、完全にオフサイドポジションに抜け出していたかといった客観的な事実認定は、どんどん機械に任せていい。人間の目ではどうしても見えない領域を、カメラやセンサーが補うのは合理的だ。一方で、試合の熱や流れを大きく変えてしまうファウル判定やカードの色、試合を止めるか流すかといった判断は、あくまで指揮者としての主審が決める。その際に、上空のドローン映像や追加カメラが「本当に見えなかった接触」だけをそっと教えてくれればいい。テクノロジーが前に出て音楽そのものを支配するのではなく、指揮者がより良く振れるように後ろから支える。この役割分担を見失わないことが、サッカーの魅力を損なわずに進化させる条件だと感じている。

 そう考えると、「審判も選手と同じように進化すべきだ」という当たり前の結論にも、少し別の角度が見えてくる。必要なのは、単純な走力競争だけではない。高速化するプレーの中で邪魔にならないポジショニング、選手の心理を読みながらゲームの温度を適切に保つコミュニケーション、そしてテクノロジーから提供される情報を「どう料理するか」という判断力。ドローンやVARは、その総合力を高めるためのトレーニングツールとして使うこともできるはずだ。自分の動きがどれくらいパスコースをふさいでしまっていたのか、判定の揺らぎがどこから生まれていたのかを、映像とデータから振り返る。そうした積み重ねの先に、「指揮者としての審判」のアップデート版が見えてくるのではないだろうか。

 人間の目と足には限界がある。そこを補うためのテクノロジーは、今後さらに高度になっていくだろう。それでもやはり、最後にテンポと強弱を決めるのは、ピッチの上に立つ一人の審判であってほしい。日本代表の選手たちが、どれだけ不可解な判定があっても、試合後には相手と審判に握手をしてピッチを去る姿を、私たちは何度も見てきた。その光景ににじむのは、「人間同士のゲーム」を続けたいという、静かな合意なのかもしれない。テクノロジーの時代にあってもなお、「審判は交響曲の指揮者である」という言葉を手放さずにいたい理由は、そこにある。

(敬称略)

2026年6月29日

明日香 羊
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編集好奇
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「審判は指揮者である」今はなき岡野俊一郎さん(JFA第9代会長)から教わった言葉であったと思う。
その試合をどんな音楽を奏でる試合にするかのタクトは審判のものである。
元々サッカーには審判はいなかった。皆正直にルールを守ると言う前提で。
確かに誰もがフェアプレーをすれば審判はいらない。
しかし人間はどうもそうではないらしい。
岡野さんは日本サッカー代表がメキシコ五輪で銅メダルを取った時のプレイングマネジャー。
彼は銅メダルを取ったこと以上に日本代表がFIFAのフェアプレー賞とユネスコのフェアプレー賞に輝いたことを誇りとしていた。
スポーツが平和を作ることを信じていた。
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「新・実践五輪批判」連載完結!
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