第一話 オリンピズムの根本原理

NHK大河ドラマの韋駄天は既に第4話まで進行しているが、第一話にオリンピズムの根幹がちりばめられていた。第一命題:オリンピックは平和の祭典 第二命題:スポーツと体育 第三命題:鍛錬と自由

これらを紐解く中に嘉納治五郎とピエール・ド・クーベルタンがつながるオリンピズムの根本原理が見えてくる。

第一命題:オリンピックは平和の祭典こそ、オリンピズムの根本原理である。
ドラマでは嘉納治五郎が駐日フランス大使に呼ばれて第5回オリンピック競技大会への参加を求められるというシーンで、ぺ!が連発される。フランス語で平和は La paix。スポーツという実態がまだ見えていない日本人にとってスポーツ自身を理解することが難しい状況で、それがペ!に結びつくなどということは空前絶後の大スペクタクルであったはずだ。このスポーツと平和という相反するように見える概念を統合した天才がピーエル・ド・クーベルタンであった。時は1894年、ナショナリズムが色濃くなる世界情勢を憂慮していたフランス人教育者クーベルタン男爵は、古代オリンピアの思想を復興することで欧州そして世界を救うことを夢見、賛同する人々と国際オリンピック委員会IOCを立ち上げたのである。(6月23日。因みにこれは私の誕生日の次の日である) そして同年5月20日、嘉納治五郎は講道館大道場落成式を迎えている。嘉納はそれまでの柔術を「道」という理念に止揚することで、勝負から道への理念化を実現したのである。折しも洋の東西の二人の天才が身体活動を通じて世界平和を模索する一歩を同じく踏み出していたのであった。そしてこの年、日清戦争が始まった。その翌々年1896年ギリシアはアテネでの第一回オリンピック競技大会が開催される。まさにスポーツで平和を求める運動は世界戦争と並行して進んでいくのである。方や武器を持たず自らの身体のみで闘い、その闘いの中で、相手(敵)の尊厳に触れていく運動、かたや武器を持って相手の存在を抹消する運動。ここにまさにオリンピズムの真髄があると言えるだろう。ドラマではその精神に感動する嘉納治五郎を描くが、彼の発した「相手を認めた上で戦う中で平和が生まれる」という言葉は、ややもすれば、平和な社会でなければスポーツはできない!だから平和が大事という世俗論法に結びつく場合がある。故に、明言すれば、「武器を持たず公平なルールの下で戦うスポーツによって相手を敬う精神が生まれ、それが平和な世界に結びつく」というべきである。それが本来のオリンピズムの意味なのであった。

純粋五輪批判第一話「オリンピズムの根本原理」了

春日良一

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