第十六話 いわちん登場

NHK大河ドラマ「オリンムピック噺~いだてん~」は既に第44回を迎えた。

早いものである。中々筆が進まず純粋五輪批判はやっと第16話。今年の春に始まった日刊ゲンダイの実践五輪批判は第17話になったのに。相変わらず視聴率はと言えば、低いようで私のように毎週月曜日に一人録画した「いだてん」を見るのが楽しみで仕方ない人間には、見ない人々が理解できない。え?録画は視聴率に反映されるのか?答えはノーだそうで、そうなると録画して楽しむ人が案外多いのではないか?と勝手な思いを抱く。

先々週、TBSのサンデージャポンっていう人気番組に呼ばれてオリンピックのことを話したが、そのときの辣腕の女性アシスタントプロデューサーがなんと「いだてん」ファンで、実は飛び上がるほどに嬉しかった。彼女も録画視聴組であった。

なぜ自分がこの番組の虜になったのか?

深く反省してみれば、自分が誠心誠意関わってきた世界がテレビドラマになる、しかもNHK大河ドラマという中で、という身内意識があったと思い至る。自分が知っている人がテレビに出ていただけでその番組が好きになるような感情に似ていたのかもしれない。

嘉納治五郎や金栗四三は実際に会ったことがない人々であるが、その思想に共鳴し彼らが築いた日本のスポーツ界の中で仕事をしてきたものにとってみれば、彼らとの関係にはかなりの臨場感がある。体協時代の日々の仕事の中で、常に嘉納治五郎の「体協設立趣意書」は頭にあった。しかし、それが、田畑政治となれば実際に同じ時空を共にした人であり、感情移入は強いものになる。体協理事会の姿を思い出す。そして、それが岩田幸彰となると実務を共にした人となり、ひょっとしたら、自分もそこに出てきそうな気分になる。

これが私の「いだてん」好きの原因だとしたら、視聴率は期待できないかもしれない(汗)

岩田は私とは役員と職員の関係だから、ちょうど田畑と岩田との関係のようなものだった。そんな私でも本人のいないところでは「いわちん」と呼んでいた。

1991年にオリンピックコングレスを日本で開くという命題がどこからともわき起こり、1986年からそのプロジェクトが始まった。コングレス準備委員会だ。コングレスとはオリンピック全体会のことで、8年に一度世界中のスポーツ関係者がIOC先導のもと一同に集まり、五輪哲学と将来のスポーツについて語り合う最大規模の会議である。

それを実現するのが、IOC会長サマランチからの要望で、JOC委員長の柴田勝治が本気で準備に取りかかった。いわちんは準備委員会の委員として、私は事務局として携わった。委員長は後にIOC委員となる岡野俊一郎であった。

時代は「いわちん」から同じ東大出の岡野に変わっていく頃だった。

さて「いだてん」は、東京開催が決まり準備に移行する段階で政治家がこの機に乗じて利権を追求する中、田畑がスポーツのために悪戦苦闘するという話しである。

田畑の自叙伝を読むまで知らなかったが、田畑の政治家を敵に回しての戦いぶりはまさに日本スポーツ界の魂であると感じる。その思いが今の私の懐にあると言ったら、言い過ぎだろうか?

「いわちん」はむしろ魂というより形が引き継がれたか?国際派がいかにかっこよく日本スポーツ界を立ち回るかを見せてくれた。我々が「いわちん」と呼んでいたその言葉がNHKで闊歩するのは痛快である。

浅野忠信演じる寝業師の川島正次郎は、政治がいかにしてスポーツを利用していくかを見事に示している。選手村が今の代々木公園になったのも田畑の熱い情熱の賜物だった。そこは米軍ファミリーの居住地区ワシントンハイツだったのだ。

選手村が競技会場のそばになくてはならないという信念は、田畑が1932年のロサンゼルス五輪に参加した時の経験からで、ロス五輪で初めて現在の形式の全選手団が一カ所に寝食を共にする選手村ができたのであった。

「共産主義、資本主義、先進国、途上国、黒人白人黄色人種、ぐちゃぐちゃに混じり合ってさあ、純粋にスポーツだけで勝負するんだ。終わったら選手村でたたえ合うんだ。そういうオリンピックを東京でやりたいんだ」

アベ田畑に語らせた言葉は五輪の哲学を端的に示している。それを実現するために汗を流せば、スポーツで平和な世界が見えてくるはずだ。そのために田畑は政治家をも利用するのだ。

しかし、それが後に田畑の足を引っ張る。

私も同様の経験がある。

それでも、やるしかないじゃんねぇ!

(敬称略)

純粋五輪批判第十六話了

春日良一