スポーツ思考

春日良一 Ryoichi Kasuga

春日良一への出演・講演のご依頼はこちら

春日良一

ペンネーム 明日香羊 (Yo Asuka)

1955年生まれ。長野県出身。上智大学哲学科卒。日本体育協会、日本オリンピック委員会を経て、1995年独立。スポーツコンサルティング会社「ゲンキなアトリエ」を設立。同代表。スポーツイベントのプロデュース、アスリートサポートを手掛ける。オリンピック日本代表選手団渉外、JOC国際渉外として、国際オリンピック委員会、国際競技連盟、各国オリンピック委員会、五輪大会組織委員会と渉り合った経験と人脈を礎に、1995年、戦火のサラエボでのスポーツイベントをプロデュースするなど、オリンピズムの実践にチャレンジしている。スポーツ的に考えることで、希望のある社会構築を目指し、1998年から「スポーツ思考」を主筆している。

春日良一を語る

  • ベースはサッカー!
    サッカー不毛時代の日本で、小5からサッカーの虜に。辺境の中学にサッカー部を創設。長野高校ではサッカーのために授業中は睡眠。同期の北村(行列弁護士)も同様だったはず。野球小僧とサッカー小僧。なかよし?!です。
    春日良一
  • 恋人はサラエボ
    春日良一
    大学時代は哲学に専念。飯の食えないサッカーと哲学を元手に、体協に就職。オリンピズムと出会い、サッカーと哲学のインテグレードを体感。オリンピック都市サラエボの戦火にスポーツイベントで挑戦。当時のカウンターパート、IRCのスタッフとは「思い」で結ばれた。
  • テレビは苦手
    紺野さんとTV対談。彼女もUN親善大使でパレスチナにも行かれたことがあり、スポーツの価値を実感されていた。話が盛り上がり、テープが切れた。スタッフが「もっとスポーツの話を」と。今度は私が切れた。「普通のスポーツの話だったら俺を呼ぶな!」マイクを付けたまま退場。
    画像の説明
  • 代表
    長野五輪(1998年開催)招致の実は渉外参事。1989年から招致活動の影の主役であったことは知る人ぞ知る。国際的人脈を生かし情熱的に欧州を飛び回ったのも一昔以上前のことになった。当時のIOC会長サマランチとJOC会長堤義明の狭間で、彼らの権力を翻弄して、長野に世界平和の祭典を持ってくることに東西奔走した。今は「げんきがとりえ」の代表です!
    サマランチと春日良一
  • サラエボっ子
    サラエボはデイトン和平前で比較的落ち着いていたが、いろいろすごかった。物資輸送機では自分は荷物。国軍の戦車に追いかけられ、市内では軍に捕まり、といろいろあったが、7キロの道のりを銃弾を潜り抜けても毎日新体操の練習に通った少女に出会い、こちらが逆に励まされた。
春日良一
  • 再びTV
    2020年東京五輪開催が決まった!そのために思い切り長野招致の経験を語り、久々にIOCの有力者とも一献。ミヤネ屋に招かれ、オリンピズムを熱く語り、東京の得票数予想を迫られ、出した答えが62票。実際は60票だった。翌日は朝ナビで同じく得票数を披露。その後、TV出演の機会が増えた。
  • ATR
    Around the Rigns へ初の英文寄稿。産経新聞オリンピズムへも数々のコメント掲載。オリンピズムに沿ったオリンピックのアドミニストレーションを見守るべく警鐘を鳴らし続けます。