日本「体育」協会である理由~新国立競技場が差し出した踏み絵~

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日本「体育」協会である理由
 ~新国立競技場が差し出した踏み絵~


 新国立競技場の再考のために遠藤五輪担当大臣は選手、競技団体、
そして専門家たちを個別に呼んで知見を広めようとがんばったとい
う。その中で、体育からスポーツへの視点変換についてもある評論
家と意気投合したという。かなりの昔から体育からスポーツへの移
行が語られてきたが、果たして体育とスポーツは違うものであるの
か?いわゆるスポーツアドミニストレーションの現場にいた人間に
してみると実感が湧かない。

 この問題とオリンピックスタジアムを作ることとが微妙に絡み合
って解けない糸になっているので、体育とスポーツということにつ
いてスポーツ思考を開陳する。

 明治時代、初代文部大臣森有礼が「知育・徳育・体育の3本柱」
のひとつとして、体育を義務教育に取り入れた。体育はPhysical

Educationの訳であり、直訳すれば身体教育である。スポーツは、
sportsの訳でsportの複数形である。一義的には競技のことを示す
が、実はsportという概念には、哲学的な意味が内包されている。
それは競技を通してその先に得られる理念としてのスポートである。

 唯の競技を超えた先にある自己実現がスポーツのゴールだとした
ら、身体活動によって人間自身の能力を引き出す(educate)体育と
に大きな相違はない。

 故に、日本体育協会は体育とスポーツについて、それなりの考察
の上に、Japan Amateur Sports Associationと訳していたのである。
その違いのニュアンスは、体育という漢字が与える堅苦さとスポー
ツというカタカナが与える軽やさの感性次元の違いに思える。

 体育をスポーツに変えたらそれで意識変革が起こるというのは、
問題の焦点を外してしまう。スポート(sport)にしたら革命への一
歩手前にはなるだろうが、そこまでの勇気がないのなら、体育にス
ポートの理念を含有させて置くのがバランスが取れているだろう。

 それよりもまさに今、五輪相も日本のスポーツ界も嘉納治五郎初
代体協会長が身体を張って守り抜いた日本体育協会の理念を取り戻
さなければならない時ではないか。まさにJapan Sports Association
からJapan Sport Associationの道に戻らなければならない。体育と
スポーツの違いよりもsportsとsportの違いに心を寄せなければなら
ない。

 8月28日、新国立競技場の上限予算が示され6万8千人収容、サブ
トラックは仮設という規模縮小の構造が明白になったことによる各
競技団体のコメントを知り、悲しい気持ちになった。サッカーは五
輪終了後に8万人収容できるように観客席を増やすことをよしとし、
陸上はサブトラックがないことを嘆く、そして断腸の思いは、JOC
専務理事のコメントである。「陸上界にとって聖地のような場所。
ちょっと残念」

 開いた口が塞がらない。国立競技場は貴方の先人たちが築いた、
貴方が進めるべきオリンピック運動の聖地でもあるのだ。問題は、
他人事のように新国立の問題を受け止めている姿勢であるが、そ
れ以上に、JOCの競技団体に対する使命を理解していないことで
ある。

 大日本体育協会が解散され、戦後日本体育協会が結成される会議
で、競技団体は競技団体連合としての体協を求めるのが趨勢であっ
た。それぞれの競技団体の利益代表機関としての体協を求めた。い
わば国連のような組織。それに猛反発したのが大日本体育協会初代
会長だった嘉納である。「それならば体協はただの競技団体の利益
集団だ。体育の理念を追求する団体でなければ体協である意味がな
い」(抄訳)こうして、体協は創立当初からの構造である「内にあ
っては日本の国民スポーツを推進する団体であり、外に向かっては
国内オリンピック委員会として機能する権威」として存立できたの
である。

 この歴史的遺産を受け継ぐのであれば、新国立競技場のあり方に
ついてJOCは各競技団体の意思を聞くとともに、オリンピズムの
思想に基づいて、国に対してスポーツを代表する意見を具申しなけ
ればならなかった。それこそがJOCがJOCでありうる意味であ
ったはずだ。その中にはサッカーの意見も陸上の意見も調整できる
オリンピズムの理念という良薬があったはずだ。

 体育とスポーツの違いが分かったとしてもオリンピズムが分から
なければ、どんなにお金をかけたとしても、そこにあるのはただの
箱である。スポーツという未来に投資する気があれば当初のザハの
案も捨てたものではない。

 ATR(五輪専門ウエブ情報誌)によれば、新国立競技場をデザ
インしたザハは「オリジナルデザインを再考することが市場価値を
失わない唯一の道である」としている。金額だけが議論されて、競
技のことが考えられていない今の状態を救済しなければ、文字通り
国立競技場跡地はスポーツの墓場になってしまう。

 まさか冷暖房設備を諦めたから「選手第一」と言っているわけで
はないだろうが、どこにも選手を考えた枠組みは見られない。

 問題は東京五輪運営当事者の中にオリンピズムへの忠誠心を持つ
ものがいないことである。だから、理念よりも予算が先にくる。選
手のためといいながら一番大事にしているのは自分の今の役職であ
る。今はなき国立霞ヶ丘陸上競技場の踏み絵を踏んでしまった日本
のスポーツ界に悔恨の心がないままならば、オリンピズムは東京五
輪2020を裁くであろう。新国立競技場はその踏み絵となるのか
もしれない。
                         (敬称略)

2015年8月29日  

                       明日香 羊    

    

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編集好奇
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 準備が本格化すればするほど理想と離れていく東京五輪。未来の
青少年に夢や希望を与え続ける祭典であってほしい。
 IOCも今のところ客観を貫いていますが、譲れないところには
釘を刺してくるでしょう。

 皆様のスポーツ思考を期待します。
                         春日良一

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コメント

  • 正論

    いつもながらの堂々たる正論、ありがとうございます。

    本当に何度国を開いても、何度文明開化しても、哲学ということを学べない
    国民には、スポーツもオリンピズムも、その真の意味が見えないんですね。
    なぜならそれはギリシア精神、すなわち哲学と同根の心身の思想なんですから。
    初めて世界に対峙した森有礼や嘉納治五郎の方がよっぽどその真義を把握
    しています。

    「体育」か「スポーツ」かなどという、そんな表層的な言葉の綾を議論している
    場合ではないんですね。こういう場合、分別知や「違いのわかる男」論は
    不毛なのであって、少しでも教育的見地や啓蒙的な意識があるのであれば、
    むしろ二つの間にいかに橋をかけるか、あるいはいかに二つのものが
    神髄においては一つのものであるかを言うことが指導的立場にある人の
    とるべき行動です。

    貴兄言うところの「スポーツ」か「スポート」かの議論に行くには、水準は数段階
    低く、道のりは遙かに遠いわけです。

    これはそれこそ新国立競技場問題にも通底していることであって、「変える」
    「白紙撤回」「コスト削減一辺倒」というような考え方は、いかにも柔軟性のない
    剛直な、「新発売」と「ポイ捨て」だけの分別知であり、およそ人間らしい理性
    による判断が少しも働いていないのです。
    つまり、オリンピズムというような理念の視点からものを考えるとか、ザハの
    新提案のように、可能なかぎり近いキャンプに戻ってそこから再登頂すると
    いったような思考方法がとれない。
    マスコミへの恐怖と「コスト削減」というバブル崩壊以降日本人の誰もが
    正しいと信じている錦の御旗にのみ追従して、人間としてベストなモラリティの
    ある判断が不能となっているのです。
    第一には、日本という国を挙げて選考し世界へのプレゼンテーションで披露
    したザハ案に対して「礼」を失しているということを忘れている。そのザハが
    百歩譲って提出してくれた代案に対しても見向きもしないという二重の「失礼」。
    それに、いつぞや、亡くなったアフリカの運動家の女性が褒め称えてくれた
    あの「もったいない」の精神、これまで忘れてしまった。
    ヨーロッパなどでは、古代や中世の古い教会を取り壊さず、それを覆うよう
    にして新しい教会を建てるという街が多くありますが、そういう歴史の継承、
    精神の継承というものを一顧だにせず、まずは取り壊しの「ポイ捨て」から
    始めてしまったこの偉大なる「消費者民族」。
    何が人間にとっての「生産」なのか、「創造」なのか、「カタルシス」なのか
    ということを夢にだに思わず、とりあえず壊し、捨て、分別ゴミに仕分けする
    くらいが関の山の民族。

    武士道が最も忌避した「恥ずかしさ」あるいは「恥」とはまさにこのとを言う
    のであり、こういうものが「おもてなし」や「under controled」だとするならば、
    2020年の東京オリンピックはある種の文明病の様相を呈することに
    なりかねません。
    今、中国で開かれている国際陸上など、なかなかのunder controled下に
    実施されているので、よく見て初心に返るべきかと思いますね。



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