2015.10.18
カテゴリ：政治
たそがれのレガシー～忘却の日本スポーツ史～
━━━━━━ Weekly Column Sport Philosophy ━━━━━━━
週 刊 ス ポ ー ツ 思 考 vol.344
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Sport Philosophy
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たそがれのレガシー
～忘却の日本スポーツ史～
２０１５年１０月１日、日本にスポーツ庁長官が誕生した。歴史
的初代長官は日本水連会長だった鈴木大地である。爽やかな笑顔、
１９８８年ソウル五輪背泳ぎ１００メートルでの仰天のバサロ泳法
による金メダル獲得はまだ記憶にある。長年低迷を続けた日本水泳
界にとっての久々の朗報であり、当時の日本選手団にとっても貴重
な金メダルの一つであった。
選手引退後は、順天堂大学教授、水連会長と順風満帆なる人生も
ここに至り頂点に達したかのようである。
◆スポーツ省は夢のまた夢
日本にスポーツ庁ができた！とはそれだけでも驚きである。
スポーツ省は私が１９７８年体協に就職した頃、日本アマチュア
スポーツ界にとっては、夢のまた夢であった。当時体協会長は河野
謙三元参議院議長、彼の主導で体協は国庫補助金の飛躍的な増額を
果たし、アマチュアスポーツの総本山としての勢力を確固たるもの
にしつつあった。
一方でスポーツ省設置検討委員会を作り、国を挙げてスポーツに
取り組むように働きかける基盤を固めていた。折りしも、私はその
委員会の事務を担当することになった。委員会は当時の要人たちが
集まっていたが、理想を追求するサロンの枠をでないように思えた。
国がスポーツを大切な文化として位置づけ、その振興に多くの財源
を資するようにならなければ、スポーツ振興はありえないという趣
旨で毎月１回の開催と記憶する。
しかし、この委員会は設立提言を果たさず解散する。
そして、１９８０年モスクワ五輪参加問題が起こった。冷戦時代
の五輪、初めて共産圏で行われる五輪が危機に晒された。開催都市
モスクワを有するソビエト社会主義連邦共和国のアフガニスタン侵
攻に抗議するアメリカ合衆国政府の呼びかけで、モスクワ五輪不参
加運動が始まった。
時の政権は大平正芳首相、米国カーター政権との同盟を強く打ち
出していた。日本政府の考えは明らかだ。米国追従。しかし、あく
までもスポーツの自治を守る素振りは見せた。そこで決断を迫られ
た日本体協と日本オリンピック委員会は度重なる会議を開く。
当時のスポーツ界には明らかにオリンピックの魂が現存し、スポ
ーツへの愛が実存していた。だから政府の言うなりにはならない猛
者が「スポーツと政治は別、スポーツのことはスポーツが決める」
という本音で戦っていた。しかし。。。
現実には選手強化費、選手団派遣費、体協人件費など多くの財源
の一部を国庫補助金に頼っている実情があり、むしろ、これからは
もっと国庫補助金を確保しなければならない、していける、という
流れの中で体協政権運営をしている河野会長は、なんとか「真剣」
を鞘に収めさせようと思っていた。
私は例によって運命のいたずらか、これらの会議に総務の事務員
としてその場に居合わせることになる。
私自身が聞いたその激論の一端。体協理事会に内閣官房長官伊東
正義が臨席した。政府の圧力を見せ付けた。もちろん口では何も言
わない。清川ＩＯＣ委員が、「ＪＯＣは五輪派遣を統括できる唯一
の団体として、オリンピック競技大会への参加を決めるべきである」
と正論を吟ずる。
河野会長が怒声を発した。「そんなことはわかっているよ。じゃ
これから国庫補助金がなくなってもいいんだな。君のＩＯＣへの出
張だって体協が出しているんじゃないか」
清川は「半分はＮＯＣから出してもらっている。そういう規定だ
たったからだ。でもそういうなら、今後一切、体協からは旅費をも
らわん」
この会話がこの問題の本質を表している。
政府は金を出しているので、口も出す。のである。
そして、諸々の会議を経て、ＪＯＣ総会の決議がなされた。今か
ら３５年前の１９８０年５月２４日。その時、私は総会が開催され
ている岸体育館地下３階の講堂にはいなかった。岸体育館を囲む右
翼の宣伝カーの罵声、左翼のデモのシュプレヒコール、機動隊、そ
してヘリコプターの音が耳に残っている。私は外の警備担当であっ
た。
その日は快晴だった。「日本スポーツ界の一番長い日」の記憶。
それは私の日焼けした顔だ。
まだ体協就職３年目の若造にはこの日の重要さは身にしみていな
い。しかし、それから数年後、スポーツとオリンピックへの関わり
が深まるにつれて、この日の意味が魂を劈くのである。
苦渋の決断をした日本スポーツ界の魂には、「二度と五輪運動を
汚してはならない」という悔恨の念が刻まれた。時の若手理事たち
には特に。バレーボールの松平康隆、レスリングの笹原正三、卓球
の荻村伊智朗、サッカーの岡野俊一郎、ホッケーの上田宗良、そし
て堤義明などなど。
１９８９年ＪＯＣが体協から独立するのは、この苦渋の決断の咎
を背負ってのものであった。自らの努力で自らの財源を生み出し、
政府を頼らずに、オリンピック運動の推進と競技力向上を果たす。
もはやスポーツ省設置検討委員会は消えていた。
もちろん、スポーツ振興のための資金は国からも調達する。しか
しそれは、国家的な規模で行わなければならない使命を日本オリン
ピック委員会（あるいは日本体育協会）が果たしているからであり、
その先には「スポーツによる世界平和構築」があるのだ。
オリンピズムの前提は、お金は出しても口は出さない政府でなけ
ればならない。そういう政府にするのは職員一人一人がオリンピズ
ムを自らが担っているという自覚と行動がなければならない。それ
によって政府高官も納得させる気概がなければならない。
◆鈴木長官の発言
モスクワボイコットの経験は日本スポーツ史において重大なポイ
ントであり、日本スポーツ界が忘れてはならないことである。
なぜか？それはオリンピック競技大会の開催は、スポーツによる
世界平和構築のためであるからだ。そのために政治、宗教、経済、
人種、国境など様々な差別を超えて若人が参集することを呼びかけ
ている。故にオリンピック憲章では、その根本原則で「 スポー
団体はオリンピック ・ ムーブメントにおいて、 スポーツが社会
の枠組みの中で営まれることを理解し、 自律の権利と義務を持つ」
としている。
オリンピックに政治の干渉は回避されなければならない。
スポーツ界からスポーツ庁長官が出現したことで、スポーツへの
政治介入の問題は決着がつくのか？そこが日本スポーツ史の「レガ
シー」を問う貴重な一点なのである。
オリンピック憲章では、ＩＯＣの使命も規定しているが、そこに
「 オリンピック ・ ムーブメントの結束を強め、 その独立性を守
り、 スポーツの自律性を保護するために行動する」とも明記して
いる。
これらはすべてオリンピックが政治を超えたものであることを主
張しているのであり、そこがなくなればオリンピック運動自身の意
味もないということなのだ。
だから驚いた。鈴木スポーツ庁長官が１０月２日の記者会見で、
国とスポーツの関係がどう変わるかを聞かれて「（モスクワ五輪に
ついては、）政治が介入してきてボイコットしたということになっ
ているかと思うが、最終的に決めたのはスポーツの人たち自身」と
発言したと言う。（朝日新聞の翌日の朝刊による）
政府の圧力に屈したという日本スポーツ史の事実を語るのではな
く、スポーツ界が決めた結果のみを主張した。それは、オリンピズ
ムの欠如をそのまま表現したものだ。
スポーツ界の苦渋の決断について語ることがなければ、その時点
で鈴木大地は日本スポーツ界が傷ついて築いた「レガシー」を、放
り投げたに等しい。彼は政治家になったのだ。
立場が変われば変わったで変幻自在、今度はスポーツ庁長官とし
ての立場で発言しますということなのだろうか？
単純に私は「モスクワボイコットと同じようなことが起こったら
あなたはどうされますか？」という質問を投げかけたかったが。
まさにこれこそ、オリンピズムの核心である。日本スポーツのレ
ガシーは、スポーツによる世界平和という理念であることを学習し
なければならない。
◆ＩＯＣは「自律」をサポートする
折りしも、１０月１７日にスイスはローザンヌでオリンピックサ
ミットが開催された。アジェンダ２０２０（五輪改革綱領）の実現
のために様々な声明が発表された。
中でも「自律」に対する意識は相当なものである。
共同声明でも、国連総会で採択されたようにスポーツの自律の必
要性を強調している。
アジェンダ２０２０を踏まえた五輪憲章最新版では、「NOC は自
律性を確保しなければならない。またオリンピック憲章の遵守を妨
げる恐れのある政治的、 法的、宗教的、経済的な圧力、その他の
いかなる種類の圧力にも対抗しなければならない」
バッハＩＯＣ会長は本気でスポーツ世界平和構想を実現しようと
している。そのための主要な五輪独特の枠組みがこの「スポーツの
自律」なのである。昨年10月には国連でスポーツの「自律」を尊重
することが表明され、本年9月には自らのスピーチでスポーツが世界
の発展に寄与するほどのものであることを確認している。
原爆を経験した日本が非核三原則を主張するように、モスクワボ
イコットを経験した日本スポーツ界はあくまでも「スポーツの自律」
を主張しなければならない。その歴史を踏まえた上で、スポーツが
政治を利用するようになるべきだろう。
この学びがないままに東京五輪を迎えることはオリンピック競技
大会の滅亡に繋がる。スポーツが政治を超えるという思想がない限
りオリンピックの存在価値がなくなる。
実は鈴木長官の発言に日本スポーツのたそがれを見ている。
（敬称略）
2015年10月18日
明日香 羊
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編集好奇
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「スポーツと政治は違う」の前提は、政治＞スポーツ
それを「スポーツ＞政治」に変革するのが、五輪革命では
ないかと思います。
Around the Rings (ATR) の私の論説もお読みください。
http://www.aroundtherings.com/site/A__53164/Title__Fire-Politicians-from-Tokyo-2020----Op-Ed/292/Articles
「東京五輪から政治家を追放」
鈴木長官発言とモスクワ五輪についても、英文の筆を執る予定です。
皆様のスポーツ思考を期待します。
春日良一
追伸：
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直接当方からお送りします。
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考？ご期待
━━━━━━━
次号はvol.３４５です。
（1998年からの400号を目指して あと55
思考？！）
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