みずいろの雨 ~ロシアワールドカップ日本の闘い~

━━━━━━ Weekly Column Sport Philosophy ━━━━━━━
週 刊 ス ポ ー ツ 思 考 vol.384(修正版)
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Sport Philosophy
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みずいろの雨
~ロシアワールドカップ日本の闘い~

どこからともなく聞こえてくる懐かしいメロディー。胸が締め付けられるようなそ
の旋律。いつもは見ることのないNHKBSプレミアムの番組「COVER」(多分)
でMayJが美しい声を奏でていた。

その唄がそれ以来数日間私の脳裏に響いて止まなかった。折しも、日本
サッカー代表ロシアの闘いを振り返ろうと珍しく太い万年筆を持ち、原稿用
紙に向かった。書いている内に、八神純子の歌声が私のスポーツ思考に
かぶってきた。不思議な体験だった。その原稿用紙10枚に書かれた文字
がスポーツ思考そのものだった。サッカーというスポーツが私にくれた時間
に感謝した。

私の心はいつもサッカーと共にありたい。なぜならそれが私の青春そのも
のであり、私の命をかけたスポーツであったからだ。日本代表になれなか
ったからこそ、日本サッカー代表に私を代表してもらいたい。彼らのため
にそして日本のサッカーのために、私の誠を以ってサッカーを語ることが
できれば幸せである。心を込めて、愛を以って今回のロシアでのサッカー
日本代表のワールドカップ本戦での闘いを批評したい。

西野ジャパンはハリルホジッチ前監督を引き継いで49日間を戦い抜いた。
まさに背水の陣であった。この背水の陣に日本人は強い。加茂監督解任
後にコーチだった岡田武史を監督に昇格させ本戦を獲得した1998年の
日本代表もそうであったではないか。そしてこの時、本戦に臨む岡田監督
はメディアに対して「一勝一分一敗」を公約した。この公約を私は当時批評
してメディアに対しての選手保護であり、具体的に勝てるであろうジャマイ
カ、何とか引き分けにしたいが負けてしまうかも知れないアルゼンチン、ど
うしても引き分けたいクロアチアと思っていて、勝ち点4であれば、予選リー
グを突破できるという計算であったと。

そしてこの時は三戦全敗という結果に甘んじたが、あれから二十年後、西
野ジャパンはまさにこの一勝一分一敗を実現して、ノックアウトの闘いに臨
んだのである。まさに日本のサッカーが成人を迎えたと云えるのではないか。

2002年の日韓共催ワールドカップではベスト16に辛うじて入りはしたが、中
村俊輔を使わないトルシエのフラット3は多くの日本サッカーの知者たちの
批判の的となった。一点もトルコのゴールに入れられずの敗退という印象が
強い。

その反省から2006年のドイツ大会ではジーコ監督の下、攻撃的サッカーを
取り戻し、まさにこれが日本のサッカー、零戦サッカーあるいはサムライサッ
カーを表現した。中心には中村俊輔がいた。ワールド杯本戦直前の練習
試合では地元ドイツ代表を相手に2ゴールを決め、しかもその二点目は俊
輔と小野伸二の目にも止まらぬパス回しからで、明らかにドイツの人々の
心の臓を突く攻撃であった。

しかし、本番では初戦のオーストラリア戦で俊輔のフリーキックから一点を
先取しながら、後半6分間で逆転を許す展開で敗れ、一勝もできずに大会
を終えてしまったのである。この試合はある意味、日本の弱点を明らかにし
ているだろう。日本は先手必勝をものにできないのである。今次2018年の
ワールド杯、ベルギー戦では二点のアドバンテージをひっくり返されている。
しかも決勝点はロスタイムである。と言えば想起されるのはドーハの悲劇で
ある。

1993年のことだが、1994年アメリカ大会への最終予選の最終試合で本戦
進出を確かなものにしていたと思われた後半ロスタイムに一点を献上して
悲願達成を無にした。このことを日本のサッカーは忘れないはずなのに、
何故かこの日と同じことがどこかで繰り返されているという事実を忘れて
はならない。

そして、2010年は南アフリカ大会。オシム監督の急病によりまたまた急遽
白羽の矢がたったのは岡田武史だった。そしてこの時に中心選手は中田
英寿なき後の俊輔中心のチームだった。しかし、岡田はまさに背水の陣の
登場に自らの鉄拳を奮った。直前の練習試合で調子の出ない俊輔から本
田圭佑に主軸を変えたのだ。これが奏功し日本はベスト16を実現すること
ができた。岡田は先のフランスワールド杯で実現できなかった夢を顕現化
することができた。仕方なく選ばれたリーダーとして。

2014年ブラジル大会の日本代表への期待は遥かに大きいものだった。ザッ
ケローニと言う世界最高峰のサッカーリーグであるセリエAを代表するような
人材は、日本サッカーの特徴をしっかりと表現しつつ、この大会本戦への出
場権を獲得していた。

しかし現実は厳しいものになった。ザッケローニ采配は理にかない、日本人
の情にもかなうものであっただけにその成功は約束されていたようにすら思
えた。本戦前年のコンフェデレーションカップでのイタリア代表との試合で
は素晴らしいゴールを三本も決めた日本のプレーは世界の度肝を抜いた。

ザッケローニジャパンは完璧な仕上がりを見せたと思えた。しかし、初戦のコ
ートジボアールに先制したものの二点を奪われ、敗れた時に、あのドーハの
悪夢が甦ってきた。ギリシアにも勝てず、最終戦となったコロンビアに当然の
如く4-1で敗れた。

あのザックジャパンがこうなるなんて、この思いは深く日本サッカーの心に刻
まれるべきことであったはずだ。

この時の体験が果たして2018年ロシア大会の日本代表の心の基にあったの
だろうか?西野監督は帰国記者会見で「小さな選手がミーティングの時、『ブ
ラジルで闘って、』と話を始めて2014年の闘いを振り返ろうとした時に涙で何
も言えなくなったことが全てを語っていた」と言う趣旨の発言をしているのは、
まさにブラジルからの四年で日本サッカーがどれだけ進歩したかということへ
の反証でもあった。

勝つべきチームが勝てない日本サッカーの在り方は何なのか?という問題
である。

ブラジル大会後の日本代表に国民が感情移入できなかったのは、ブラジル
大会のショックから立ち直れていなかったからであろう。そのような文脈の中
で、ハリルジャパンが生まれ、ワールド杯本戦への切符を掴んだものの、そ
の先が見えない在り方に日本人の心は離れていったのかもしれない。

ハリルホジッチの電撃解任には政治的な臭いがするのが否めないところ、そ
の本質は本田、香川を使うか否かという選択にあったと思う。彼らが除外され
た日本代表チームを誰が応援するものか?というのが日本サッカー協会の
主張でそれに服することのできないハリルホジッチは蹴られた。

やっと手にしたロシア大会への切符であったが、直前に協会はハリルを蹴って
西野に監督を任せた。背水の陣を演出するような決定であった。その西野は
本番直前の練習試合で良き結果が残せない状況では、メディアも日本人
の多くも沈思黙考の体、何も盛り上がらない状況であった。

ところがいざ本戦、初戦コロンビアに勝利すると、俄然サッカー人気は復活、
誰もが日本代表に注目する状態になった。

そしてセネガルとの二戦目。入れられては、追いつく展開にサムライジャパン
を感じた人々は多かったのではないかと思う。(なぜかこの呼称は野球の代
表に使われるが)

そして予選最終戦、勝ってもリーグ突破のないポーランドとの闘い、引き分け
でも「勝ち上がれる」と言う状況の中、一点を先取された日本は他会場で同時
開催のセネガル対コロンビア戦でコロンビアが一点リードで後半残り僅かな
状況と知るとパス回しを始めた。ゴールを求めないサッカーを世界に披露した。

この西野の采配はギャンブルと云われ、多くの批判を呼んだが、一方で予
選リーグ突破という結果を残したことに多くの日本人は満足すら覚えたはずだ。

しかしあくまでも攻めるサッカーこそが日本代表の姿と思う人々は、多く、また
最後まで全力を尽くすことを教えなければならならいスポーツの在り方として、
この状態は良いことと思われなかった。

ある意味、日本対ベルギー戦には、その時の結果が遅ればせながら出現し
たのではないか?と思えるのである。

二得点を先取した攻撃は見事なものであった。リーグ最終試合への批判の中
にも次の闘いが好ければ許したいという人々の心も見えていた。選手にしてみ
れば「不本意な」闘いの贖罪をこの試合に求めたかったはずだ。

二点を先取した日本こそ守りを固めて次へステップアップするべきところ三点
目が取れるのではないか?しかしあと一点を取るべきと思いつつ試合は続き、
空中戦にターゲットを絞ってきたベルギーの餌食になった。

残り何分での逆転負けはポーランド戦で攻めの姿勢を貫かなかった西野ジャ
パンへの裁きと見えた。あのようなチームジャパンが岡田ジャパン以上の成績
を残すことは許されなかった。

勝利の女神ニケは裁かざるを得なかったのである。

今、懐かしい曲が聞こえてくる。八神純子の「みずいろの雨」である。まさにこ
の唄はサッカー日本代表を謳っているようだ。

https://www.youtube.com/watch?v=8iBi1jbnl4k

ああ、みずいろの雨、私の肩を抱いて包んで降り続くの
ああ、崩れてしまえ、跡形もなく流されていく愛のかたち

西野が帰国記者会見で語ったように「日本サッカーは歴史を積み重ねていか
なければならない」なのに「みずいろの雨」は降り続き、この(一度限りの試合
という)恋の形を流してしまうのである。

優しい人ね、あなたって人は。見ないふりしていたの?私の過ち。
ひとときの気まぐれ、通り過ぎる雨、忘れてよ、愛したことなど。

優しい日本のサポーターたちはポーランド戦で西野が行ったギャンブルという
過ちも予選リーグ突破という「みずいろの雨」に流してみてみぬふりをしたのだ。
だから忘れてしまえばいいのだ。過去の咎も心の棘も「跡形もなく流されていく」
過去の試合の知識と体験。

咎める言葉なら素直に聞けたわ。微笑んでいただけの懐かしい日々。
傷ついたその分、寂しい目をしてた。
戻れない、戻らないあの日の二人には

もし、あのポーランド戦での逃げを咎めていたなら、西野もそれを素直に聞いて、
ベルギー戦に得点後のバタバタも演ずることもなかっただろう。我々は寂しい目
でその試合に流れを見るしかなかった。ポーランド戦の過ちがベルギー戦の結
果を決めていたのだ。「戻れないのだ」あの日本の素晴らしいサッカーという地
点に。

積み重ねるべきものは過ちへの悔恨、反省、そして学び。伝えるべきはその時
の心の持ち方、でなければすべては「みずいろの雨」が流してしまい、そこで
結んだ実も「跡形もなく崩れて」しまうだろう。

思えば、1998年、日本が初めてサッカーワールドカップ本戦の舞台に立って、
目標に掲げた一勝一分一敗が実現した2018年はその歴史を紡ぐ第一歩にす
ぎないのだろう。わざわざ負けず一勝二分にした時には、それがさらなる一歩
であったと思われる。

「背水の陣」に強く、「最期」に弱い日本を「みずいろの雨」が抱いて包んでくれ
ることを祈ろう。

(敬称略)

2018年7月7日 七夕の日に日本サッカー代表に捧げる

明日香 羊
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編集好奇
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今回、原稿用紙にスポーツ思考を書くという試みを行い、自分なりには良かった
と思ったのですが、原稿用紙からコンピューターに移す時にかなりの誤字脱字
がありました。そんなことはないと思って発行してしまった私をお許しください。
皆様には大変読みにくい長文となってしまったと思います。そこで、編集したもの
を再発行しました。何度も長いの読みたくないよ!という方には申し訳ございま
せん。こちらを正規版としてご査収いただければ幸いです。

春日良一

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考?ご期待
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次号はvol.385です。
(1998年からの400号を目指して あと16思考?!)

スポーツ思考
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