ウクライナのフェンシング選手への特例処置をどう見るか 〜バッハIOC会長にブラックカード?〜

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ウクライナのフェンシング選手への特例処置をどう見るか
〜バッハIOC会長にブラックカード?〜

7月27日、五輪で複数のメダルを獲得し、世界チャンピオンにも輝いたことのあるオリガ・ハルランは、ミラノで行われたフェンシング世界選手権のサーブル個人1回戦で、ロシア出身のアンナ・スミルノワと対戦し15−7で勝利を収めたが、ハルランは試合後の握手を拒否し、失格となった。

フェンシングのルールでは、対戦相手との握手が義務で、違反した場合は一番処分の重い「ブラックカード」を提示される。

しかし、ロシアによるウクライナ侵攻が続く中で、両国は緊迫状態にある。IOCはハルラン失格を受け、各競技の国際団体(IF)に対し、ウクライナと個人の中立選手(AIN)が関わる状況においては十分な配慮をするよう求めた。(ロイター伝)

7月28日、IOCバッハ会長が自らハルランに書簡を送り「もし同選手が出場権を得られなかった場合は五輪での追加出場枠が与えられる。IOCは、この極めて困難な時期にウクライナのアスリート、五輪コミュニティと全面的に団結していく」と記している。

異例のトップダウンだ。IFのルールに対して、IOCが超法規的な執行権を行使するのである。オリンピック運動はIOC、IF、そして国内オリンピック委員会(NOC)の三巨頭会議がそれぞれ世界、競技、国家を担当して互いに協力して推進していくムーブメントである。オリンピック競技大会(OG)についての究極的な権利は全てIOCにあるが、その競技運営の部分はIFが全責任を持つ。IOCもその部分はIFの権限を尊重している。それが平時の在り方である。

バッハの超法規的行使についてどのメディアも論評を避けているように見える。しかし、ここにオリンピックが戦争にどう関われるかの肝腎要がある。

そもそも今年の3月、IOCがロシアとベラルーシの選手が世界大会に個人資格(AIN)で参加できるように世界中のIFに勧告した時、ウクライナは猛反発し、両国選手が参加する国際大会のボイコットを表明していた。しかし、バッハの五輪精神の熱心な主張に、AINとして出場する両国勢との対戦を容認し、この世界選手権にも出場していた。IOCはウクライナの決心に「私たちはうれしく思うと同時に、ウクライナ選手が内心は困難な葛藤を抱えていることも承知している」とコメントしている。

ウクライナが大会参加を決心した時点で、バッハが訴えてきた選手は国家を超えてスポーツで共に闘うという考えをウクライナ選手も理解したと考えるべきだ。ハルラン選手も試合自身には純粋にフェンシングをすることだけに集中して臨んでいただろう。しかし、実際に試合を戦い終えて、勝利した上で、いざ両者健闘を讃えあう握手の段階になった時、相手の後ろに見えるロシアの影が巨大な敵として迫ったのではないか?そこで握手を拒否するのは自然の感情のままであったのだろう。

スクリーンショット 2023-08-18 12

しかし、一方で、世界ランク172位のアンナ・スミルノワ選手に取ってみれば、世界ランク8位の格上のハルラン選手との戦いはどのような挑戦であっただろう?必死で戦って敗れた瞬間にルールにもある握手を求めるのも相手への敬意を表すものとして、自然の流れではあっただろう。

「主審が判定を下した時に、両選手はアンガルドラインに戻って、サリューを行い対戦相手と握手をしなければ ならない。片方又は両方の選手がこれらの規則に従うことを拒否する場合は、主審は、第 4グループ の違反の規定にしたがって、選手を処罰する」(t.158-162, t.169, t.170 参照) と競技規則にある。

このフェンシングの国際規則は武器を否定するオリンピックの中で武器を使うフェンシングがその武器があくまでもスポーツのものであることを戒めるためのルールであるとも言える。故にこの原則を守ることはオリンピック精神とも一致する。

とすればバッハの当該超法規的行使は正しいのか?と疑問を呈するべき問題ではないか?政治をと関係なくスポーツでつながるというのならば、ウクライナ選手よりもロシア選手が正しいことにならないか?かつルール通りの判定をしたFEIが正しくないか?

バッハ氏自身も1976年のモントリオールオリンピックでフェンシングフルーレ男子団体の金メダリストである。そしてウクライナのスポーツ大臣兼NOC会長のワディム・グツァイトはバッハのハルランへの書簡を公表したが、彼もフェンシング選手であり、1992年のバルセロナ五輪で闘い男子団体サーブル金メダルを獲得した。その時のチームメートのスタニスラフ・ポズドニャコフはロシアNOC会長である。バルセロナ五輪ではソ連解体直後のため旧ソ連圏の12カ国がENU(オリンピック統一選手団)を編成していた。そして彼は今回の問題でIOCに電報を打ちIOCは「政治的対立で一方の側についた」と「反撃」したのであった。

バッハの「中立」論を突いてきた。

本来ならばハルラン選手は失格となり60日間の出場停止処分であった。しかし国際フェンシング連盟(FIE)はハルランに科した処分を見合わせ、29日から始まる女子サーブル団体への出場を認めた。まさにバッハの鶴の一声となった。

私はこの報道を知った時、バッハの鶴の一声にオリンピズムがブラックカードを突きつけるのではないか?と憂慮した。そして、問題の二人の試合のビデオをYouTubeで視聴したのである。
https://www.youtube.com/watch?v=sLA-jWKxmAE

すると8分ほどの熱戦の末、ハルランが15−7の勝利を納めると、両選手はマスクを取り接近する。ハルランは剣を出して、剣でのサリューを求めた。一方のスミルノワは握手を求めた。しばしの沈黙の後、ハルランは握手を拒んで去った。去った後のスミルノワは胸に片手を置いたまま呆然と立ち、そして一旦去った。この時点でハルランの勝利は覆ることがなかった。しかし握手にこだわるスミルノワはピストにしばし残っていた。見る限り悲しい佇まいであった。その後、競技役員に何かを訴え、役員が去った後、ピスト上で50分近くもの間、椅子に座っていた。競技役員に促されるまで立つことはなかった。

その姿を見るにも二つの見方が存在する。一つは握手をしなかったハルランが気を取り直して握手をしに戻ってくるのを待つ姿、もう一つは握手をしなかったルール違反を競技役員に訴えて、その結果を待つ姿。

前者であれば、戦争や政治を超えてアスリートの友愛を示すことを求める心を表すが、一方でそれはハルランがこのウクライナ戦争を許している表象にもなってしまう危惧がある。ロシア選手が友愛を示そうとすればするほど、ウクライナ選手が戦争を許容するという状況を引き起こすことになってしまう。現場でそれを直感したハルランが取った行動は必然だった。

スミルノワの抗議が奏功したか否かは定かではないが、FIEはハルランの失格を規則厳守で決めた。

ハルランはインスタに投稿し「私は、そのスポーツ選手と握手をしたくなかった。私は心に従って行動したのだ。ウクライナ、ウクライナの人々、家族に対してテロを行っている国は、スポーツにもテロを行っている。失格が通告された時には『殺されたような気持ち』『痛みから叫んだ』」と告白した。

この経緯を理解するとバッハ書簡の意味も違ってくる。

IOCそしてバッハが本年3月にロシアとベラルーシの選手の国際大会参加をIFに促した時、それは両国の選手にもアスリートとしての権利があり、彼らには戦争の責任がない、彼らは戦争に反対しているという前提があった。この勧告を各IFが実践していく中でどのような現実が突きつけられるか俯瞰しようという意図もあっただろう。

そしてこのハルランとスミルノワの試合がその免れない現実を強烈にバッハに突きつけた。
ロシアの選手がオリンピズムに基づいてウクライナの選手に友情と尊敬を示そうとすればするほど、ウクライナの選手がその友愛と敬意を受け入れれば受け入れるほど、それはロシアの正当性を表象してしまうことがあるという事実である。

この突きつけられた現実の前に、バッハは頭を垂れるしかなかった。

ウクライナの外相、ドミトロ・クレーバはFIEにハルラン選手の失格を取り消し、同選手の試合出場を認めるよう呼びかけた。「スミルノワ選手は、公正な競技に負け、握手にて汚いプレーを行うことにしたのだ。ロシア軍が戦場でそうしているように。ハルランは、公正な競技で勝利し、尊厳を持って行動した。私はFIEに、ハルラン氏の権利を回復し、出場できるよう要請する」

バッハはハルランへの書簡で「もし出場権を得られなかった場合は五輪での追加出場枠を与える。IOCは、この極めて困難な時期にウクライナのアスリート、五輪コミュニティと全面的に団結していく」と言わざるを得なかった。

IOCがハルラン失格を受け各IFに発した「ウクライナと個人の中立選手が関わる状況においては十分な配慮をするように」はIOCの要請だが得意の空文に陥っている。それは最初から承知の事実だろう。

バッハが権威主義と民主主義の対立が激しくなる時代を想定しオリンピズムのために敷いた防波堤「政治的中立」はハルランの英断によって痛いところを突かれたのだ。まさに一本!

もはやオリンピズムは「政治とスポーツを分ける」論ではなく、「政治をスポーツが凌駕する」論という次元に入る覚悟を持つべきだろう。それはオリンピックに参加する選手に「反戦」への意思表明を問わざるを得ない。オリンピックに出るために命をかけて戦争に反対するということだ。

私が昨年4月にIOCに提案した選手参加資格コードのリニューアルを実施する時が来ていると思うのである。オリンピズムの則ったフェアープレー、スポーツパーソンシップ、アンチドーピング、それに反戦意思が加わることになる。

(敬称略)

2023年8月18日

明日香 羊

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編集好奇
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だからこそ、私は日本からウクライナ五輪2030を提言せよ!と言っているのだ。IOCが真のオリンピズムの権威であろうとするならば。

私の末娘は小三から高校までフェンシングの選手でした。彼女に最後に握手するルールを聞いたら、「あるのは知っているけど、やらない選手も多かった」そうで、それを咎められることもあまりなかったようです。彼女はバルセロナ五輪に出場した高柳裕子さんに指導されていたので、必ず握手したそうですが。

緊急提言「2030年ウクライナ冬季五輪の胎動」ご高覧いただければ幸いです。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4575

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