岸体慕情 ~日本スポーツ界に希望はあるか?~

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岸体慕情
~日本スポーツ界に希望はあるか?~

岸記念体育会館(通称「岸体」)と言えば、様々な思いが去来する。

一番に想起するのは「強風」である。

1978年4月3日の月曜日、私はバーゲンセールで手に入れた
新しいスーツに身を包んで、原宿から渋谷に向かう坂道を降りてい
った。目指すは「岸体」。

その日からその岸体の持ち主である財団法人日本体育協会の新人
職員となり、二階にある事務所で働くことになっていた。気持ちはそれ
なりに高揚している。しかし、その坂道を下り始めると向かい風が吹
き始めた。その勢いは岸体に近づけば近づくほど強くなり、そこに辿
り着くのを諦めたくなるほどの風となった。

「お前の来るところではない!」そう言われているようにも思えた。
そもそも哲学を学んだ人間が体育会バリバリの組織に来るなんて
おかしくはないか?本当にここがおまえの人生を刻むに相応しい場所
なのか?どこからかそういう声がした。しかし、私は強風に向かって
歩を進めた。

以来、17年、岸体に通い続けた。振り返れば、何度か私に向かって
吹く強風に出会った。しかし、一歩も引かぬ覚悟ができていった。
運にも恵まれ、国際スポーツの第一線で活動する機会を与えられた。
スポーツ界にも哲人と言われる人がおりオリンピズムという思想にも
出会った。

人生を変える出会いがなければ、今も通い続けていたかもしれない。
もしそうなら、40年になるがそうはならなかった。24年前の5月に日本
オリンピック委員会を辞して、私は岸体を去った。好きで好きで堪らな
かった仕事をさらに自分のライフワークとするための挑戦に切り替えた。

それはボスニア紛争の与えてくれたテーマだった。オリンピック都市
サラエボが1992年に起きたバルカン半島の民族主義紛争の犠牲と
なって、叫んでいた。オリンピック委員会として義捐金活動を行った
が、本当にスポーツが戦争から人々を救えるのか?サラエボでこそ、
示すべきではないか?一人でも現地に乗り込んで何かを掴みたい。
そして、私はサラエボに飛んだ。

スポーツフェスト、スポーツシャトルなど、サラエボっ子との交流を実
現し、スポーツが未来にとって希望となることを信じることができた。
岸体にいた時と仕事の仕方が大きく変わった。トップダウンではなく
小さな伝手を辿って思いを語り、信頼を得て、ひとつひとつを紡いだ
結果がゴールに繋がるのだった。

1995年5月別れを告げた岸体であった。しかし、この5月に新家屋に
移転し、9月には取り壊されると聞くに及んで、もう一度自分の歴史
に「蹴り」を入れておきたかった。

私は5月15日に岸体を訪れた。

岸体育館 春日良一

1980年5月モスクワボイコットを決めた日本オリンピック委員会(JOC)
総会が開催された地下三階の講堂。今は巨大な物置と化していた。
聞けば2011年3月の東日本大震災以来、倉庫になっているらしい。

この総会の時、体協3年目の私は外警備に回された。ボイコットを巡
って様々な行動が起きていた。右翼の街宣車も大きな音を出してボ
イコットを呼びかけて岸体を何度も回っていた。私には総会の決議の
行く末を按ずるゆとりはなかった。太陽の日差しがやけに強かった。

ボイコットは日本のスポーツ界の棘となった。その棘を抜くべく、
1989年にJOC独立が成就した。

1991年に日本オリンピック委員会(JOC)が日本体育協会から完全
独立して、岸体3階に事務所を開いた時、そこは新鮮な空気に満ち
溢れていた。

しかし、5月15日、昼休みに立ち寄ったJOCオフィスでは、3分の1以上
のスタッフがPCに向かっていた。ある幹部はカップ麺を食べながら仕事
をしてた。

1階にはJOCや東京五輪のロゴマークのついたアイタムを揃えている
スーベニアショップがあった。引っ越し前の仮所帯ぶり。「これを一つ」
とバッジを求めると、店員の男性が眠りから覚めた。

この5月16日、「ジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエア」が竣工
した。JOCも各競技団体も5月中にこの新会館に移る。

果たしてJOC独立の精神は受け継がれていくのか?

日本スポーツの総本山であるならば、スポーツ界のガバナンスも
コンプライアンスも率先してリーダーシップを取らなければならない。
それを支えるのは縁の下の力持ちである職員である。役員は二年で変わる。
団体の知識、経験、知見、歴史を残していくのは事務局であり、職員なのだ。

ランチがカップ麺では心許ない。

(敬称略)

2019年5月18日

明日香 羊
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編集好奇
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しかし驚きました。JOCの事務局を一周すると、どこからともなくカップ麺を
すする音。え?これがオリンピックオーソリティのオフィスか?
かつて日本体育協会職員労働組合(体協職労)は、「体協のあるべき姿」
を策定し、世にスポーツ行政を問い、そしてそれを担う体協職員のアイデン
ティティを示した。そこには日本のスポーツを支えているという自己規定が
あり、そこにプライドがあった。
プライドなきスタッフにスポーツ界を背負うのは難しい。況や五輪をや。
そういえばNISSINは東京五輪のオフィシャルパートナーであった。

春日良一

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考?ご期待
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次号はvol.402です。
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「実践五輪批判~20年東京五輪これでいいのか?~」
第四話は5月23日掲載予定。
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NHK大河「いだてん」を思考すると題して始めたブログ
「純粋五輪批判」も第四話まで来ました。
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哲学者カントの純粋理性批判と実践理性批判から拝借
「実践」では実際に五輪がオリンピズムを実現しているのかを批判
「純粋」では大河を触媒にオリンピズムの本当を解説

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