闘魂とのすれ違い 〜アントニオ猪木を偲ぶ〜

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Sport Philosophy
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本日、ゲンダイdigitalにてアントニオ猪木さんへの追悼文を寄稿しました。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/312253

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闘魂とのすれ違い
〜アントニオ猪木を偲ぶ〜

私はアントニオ猪木の大ファンだった。それも彼が前座の頃から。小学校1年生の頃、テレビで放送されるプロレスを毎週見るのが習慣になっていた。力道山時代のプロレスは田舎では夜中にやっていた気がする。普通の家ではそんな遅くにテレビを子どもには見せないようだったが、親父と二人、暗い部屋で見ていたのを思い出す。ブラウン管の鈍い青い光が力道山の空手チョップを渋く映し出す。セメントマッチの冷酷さが漂う空間。しかし、それが何か大人の秘密を見たような、見てはいけないものを見たような気持ちにさせるのだが、それを見せてくれる親父の懐の深さを暖かく感じたりもしていた。

もちろん眠いのも忘れて白黒の画面に釘付けになっているのは、メインイベントの力道山を見るためなのだが、なぜか時々前座の試合が映り、そこにとても気になる選手がいた。他の日本人選手と違って背が高く、スタイルが良くて、そして技が切れる。ブリッジなんかも綺麗に決める。しかし、必ずと言っていいほど負けるのだ。どうしてなんだろう?なぜなんだろう?と遣る瀬ない思いを抱えながら、気にしていたその選手が猪木だった。

力道山の時代が終わり、豊登という怪力レスラーがメインとなる頃には、猪木もたまに勝てるようになっていただろうか?しかしもっと背の高いジャイアント馬場は説得力があり、勝利も収めていて、きっと豊登の次は馬場なのだろうと幼い心は遣る瀬ない思いを募らせた。逆三角形でカッコいい、いかにもアスリートなアントニオ猪木がメインイベンターになって欲しかった。この夢はいつか叶うはずだと思っていたら、ジャイアント馬場とアントニオ猪木の最強タッグBI 砲が生まれた。二人のタッグは向かうところ敵無し。馬場の安定感と猪木の技術力が無敵だった。しかしいつしかどっちが強いのか?と小学校高学年になる頃には当然の疑問が湧いてきたものだ。どう見ても素早くて力もあってカッコいい猪木が馬場より強いと思うのだが、何故かいつも馬場がスポットライトを浴びている気がする。世の中の不条理がそろそろわかり始めてくる頃だった。

そして、そのモヤモヤは中三の時に解消される。猪木が新日本プロレスを旗揚げして、名実ともにトップレスラーになった時だ。そして、金曜日夜8時のプロレスがやってくるまでそう時間はかからなかったのであった。ストロングスタイルと呼ばれた猪木の実力重視のプロレスは、同じ年に全日本プロレスを旗揚げするジャイアント馬場のどこか安心できるプロレスとは一線を画していた。世は新日派と全日派に分かれて、盛り上がっていた。どっちが強いかという意味のない論争に。

それに結論を出そうとしてくれたのが猪木だった。タブーだった日本人対決を実現させ、国際プロレスのストロング小林や力道山の愛弟子の一人でもあった韓国人レスラー大木金太郎との一騎打ちやってのけ、勝利を収めていく。誰が一番強いのかを追求していったのである。やがてそれがプロレスが一番強いという主張に言語変換され、異種格闘技戦へと展開。その頂点はボクシングの現役世界チャンプ、誰もが認めるモハメド・アリとの戦いだった。1976年に東京で行われたこの試合、私は大学3年生、スペイン協会のバイトが重なり、ライブで見られなかった。私のバイトは世界的に著名なフラメンコのダンサーの初来日ショーで、それは美しくもビッグなものだった。三船敏郎や石原裕次郎がVIP席に座る世紀の大試合には敵わなかったが。

今思い出したが、私は学生時代テレビを持たなかった。バイトがなくてもライブは見れなかったのだった。

猪木が勝てば世界は変わるとの私の期待は見事に裏切られた。猪木はずっと寝て試合をし、15ラウンド引き分けと聞いてがっかりした。しかし、後で分析するとこれは全てルールの縛りからであり、猪木は勝つためには寝た状態からのキックを多用する他はなかった。真剣勝負だったいうことになる。プロレスラーに徹してルール無視の場面を作れば面白かったとは「プロレスの味方です」の作家、村松友視のごもっともなご意見であったが。

1978年に私は日本体育協会(体協)に就職し、貸家の独り住まい。最初のボーナスでカラーテレビを買い、金曜日夜8時を一人楽しむ。80年の極真空手の熊殺しウィリー・ウィリアムとの一戦は死闘、両者痛み分けに終わったが、この時の殺気溢れる雰囲気とドキドキする心臓の音を今でもはっきりと思い出すことができる。猪木信者としてはウィリーの強さが度肝を抜いたが、それでも猪木が勝つと信じて疑わなかった。

体協に入ったおかげで、秘書室から新日本プロレスのチケットが手に入った。1983年のあの日の蔵前国技館を思い出す。IWJPリーグ戦の決勝で、猪木は飛ぶ鳥を落とす勢いのハルクホーガンと戦うことになった。プロレス好きの友人と三人で枡席に座って観戦。猪木の疲労感は当初から隠せなかったが私は勝利を信じていた。ホーガンのアックスボンバーで度々窮地に追い込まれる猪木。この頃の猪木は疲れが「漲(みなぎ)っている」感じだった。(アイロニカルに表現しています)終盤リング外で背後からホーガンのアックスボンバーが猪木の後頭部を直撃し、そのまま前頭葉をコーナーポストにぶつけぶっ倒れた。動けない。場内は大騒ぎ、セコンドが猪木に駆け寄り、柔道家でもある坂口が猪木の舌を引っ張り出した。脳震盪から舌が喉に絡み窒息するのを防ぐためであった。20カウントでホーガンが優勝。リングに戻されて仰向けになった猪木が舌を出して朦朧としている。タイガーマスクや全ての選手が心配して駆け寄ってくる。異様な空気に包まれた場内は騒然。友人たちは無情にも「やった!やった!」この予想外のどんでん返しに狂喜しているのだ。全日ファンだったと正体を露わにした。アックスボンバーを喰らわせたくなった。

猪木の生前葬IMG_9521

プロレスは筋書きはない。しかし結果がある。その大前提を覆す出来事に、やはり猪木のプロレスはリアルだと思ったものだ。

1982年に体協総務部から国際部に異動した私は水を得た魚の如く飛び回っていた。それでもプロレスは見続けた。異動早々、最初の仕事は国際オリンピック委員会(IOC)会長になったサマランチの来訪アテンド。そしてその年の秋には、ニューデリーのアジア大会日本代表選手団本部員。IOC会長とも親しくなったのだから、いつか猪木ともそうなるだろうと勝手に思っていた。

それが実現するのは、1989年であった。ソウル五輪の後、この年はソ連、東ドイツ、ハンガリーとの二国間交流協定締結の歴訪があった。以前からスポーツフォアオールの国際運動で親しくなった笹原正三(前レスリング協会会長)からアントニオ猪木を紹介される時がやってきた。猪木が参議院議員に立候補する時であった。猪木はレスリング繋がりでJOCにアプローチしてきたのだ。「聖火リレーで選挙活動」がそのアイデアであった。しかし、五輪憲章上断らざるを得なかった。だがこれがきっかけで猪木とのコネクションができた私は、参議院議員に当選した猪木が翌年イラクで人質となった日本人を助ける際にその活動を応援する。外務省が良しとしない猪木の単独行動をサポートするためオリンピック委員会経由のパイプがあることを仄めかしたのだ。

猪木はイラクとスポーツ交流を本気でしようとして、その結果、フセインの息子のウダイスポーツ大臣からの信頼を得て、人質解放に成功するのだ。この限りで猪木のスポーツを通した外交に狂いはない。

1995年に北朝鮮は平壌で開催した「スポーツ平和の祭典」は拉致問題の解決への挑戦だったが、この時、日本オリンピック委員会(JOC)がもっと絡んでいれば、あるいはもっと絡める知恵があれば、さらに違うものになっていただろう。私はJOC事務局として競技団体に案内したがもっと代表団としての機能を持たせるべきだった。北朝鮮にもスポーツの交流のメリットクラシーを明らかに伝えるべきだろう。

次に私が猪木と関係するのは、独立後、会社の一事業として総合格闘家のプロデュースをしようとした時で、2007年に猪木が新しく起こしたIGFという団体にタカクノウを売り出そうとした時である。札幌、函館、福島、福岡、名古屋、大阪そして東京と各地での興行に参戦させてもらった。この頃の猪木は私にはジャイアント馬場に見えた。会社経営者として堂々と構え、ソファで葉巻を楽しむ姿を見た。

「スポーツで平和を実現するために、どのような戦略が必要でしょうか?」と言った会話が飛び交う、私が望んでいた時空は訪れなかった。

私のオリンピックネットワークを彼に示す機会がなぜかなかった、そして、彼を取り巻く環境は次第次第にかつてのプロレス界のつながりに戻っていった。もし、猪木の活動が、政治ではなくオリンピック運動につながっていれば、やれることは限りなく広がった気がする。それが今となってはとても残念である。猪木との間にあった垣根がなんであったのか?

オリンピックスポーツとプロレスの本質的な違い。不確定なゴールに挑んでいくスポーツは結果が全て。プロレスは結果に至る過程が全て。前者は結果における敗者の美学を学び、後者は過程における勝者の美学を学ぶ。

猪木と私の関係は真理の裏表だったのかもしれない。

アントニオ猪木の魂が安からんことを!

(敬称略)

2022年10月3日

明日香 羊

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編集好奇
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猪木とのヒストリア(私の歴史)。
私は憧れのアントニオ猪木に、かなり遠くから実に近くまできたが、
最後まで距離感を意識した。
それはプロレスとスポーツが根本的が相違だったのかもしれない。
その相違とは何か?それが分かればスポーツが分かるのだろう。

春日良一

『NOTE』でスポーツ思考
https://note.com/olympism

ゲンダイdigitalにアントニオ猪木さんへの追悼文を寄稿しました。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/312253

【ダイヤモンドオンライン】
北京五輪の「オリンピック休戦」をむげにしたロシア、
IOCバッハ会長の葛藤
https://diamond.jp/articles/-/298005

【ゲンダイデジタル】
【特別寄稿】IOCバッハ会長は8年前、高橋治之元理事の“追放”を組織委に求めていた
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/310969

特別寄稿!
「逮捕された高橋治之元理事には9億円 あぶり出される東京五輪招致の闇」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/309953

短期連載(全3回)
「東京五輪にメス!スポーツマフィアを生んだJOCの過ち」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4389/495

短期集中連載(全5回)
「IOCへの諫言 五輪憲章から矛盾を糺す」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4322/495

日本と世界の重要論点2022↓
【Daiamond Online】
東京2020が日本人の記憶に残らない理由、北京に引き継がれた不信感と意義
https://diamond.jp/articles/-/291658

【Forbes Japan】
「命と引き換えにするほどの価値があるのか議論すべき時」
https://forbesjapan.com/articles/detail/39575
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考?ご期待
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次号はvol.469です。

スポーツ思考
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日刊ゲンダイ特別寄稿!
「逮捕された高橋治之元理事には9億円 あぶり出される東京五輪招致の闇」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/309953

日刊ゲンダイ連載!
「東京五輪にメス!スポーツマフィアを生んだJOCの過ち」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4389/495

「IOCへの諫言 五輪憲章から矛盾を糺す」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4322/495

「実践五輪批判〜20年東京五輪これでいいのか?〜」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/3625/

NHK大河「いだてん」を思考すると題して始めたブログ
「純粋五輪批判」
https://genkina-atelier.com/gorin/

哲学者カントの純粋理性批判と実践理性批判から拝借
「実践」では実際に五輪がオリンピズムを実現しているのかを批判
「純粋」では大河を触媒にオリンピズムの本当を解説

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